……あの時も結局、最後まで目を合わせることができなかった。
 自分から聞くことなどとてもできなかったから、今も考えるしかなくて、けれど考えれば考えるほどにわからなくなる。
 ──あのキスに、どういう意味があったのか。
 言いにくい思いはあったものの、舞にはともかく話してみた。例によって電話で、状況を説明し終えると、舞はしばらく黙っていた。なにやら難しげに『んー』と何度か唸った後、『紗綾には悪いけど、それはちょっと微妙かな』と言った。
『……微妙、かな。やっぱ』
『そうだねえ……まあ確率的にだけど。紗綾のことある程度は意識してるから、って言えなくもないけど、あんまりいい兆候じゃない気がする。元カノとなんかあった後っぽいんじゃ、なおさらね』
 難しいだろうけど、あんまり重大に受け取らない方がいいよと、最後に念を押された。確かにその方がお互いのためだろうとは、紗綾にもわかる。
 男の人ってのは、相手のこと特別に思ってなくても、場の雰囲気とかで手を出しちゃったりするものだから。舞にはそんなふうにも言われたし、マンガやドラマでもそういうシチュエーションはよく出てくるから、想像できないわけではない。
 けれど、その可能性を一番に考えなきゃと思いながらも、そうは思いたくない自分がいる。
 ──孝を、そういう人だと思いたくなかった。
 彼だって、ごく普通の、生身の男性には違いないのに、世間一般の男と同類とは考えたくないのだ。孝にはいつだって、優しくて誠実な人でいてほしいと思うから。
 だからこそ、あの時のことがもし、その場の雰囲気だけが理由ではないのなら、もしかしたら──と願いたくなる。けれど、その自惚れを通しきることまではさすがにできなくて、願うそばから不安になってくる。あの日、お茶を飲んで帰るまでの間に何を話していたかろくに覚えていないのに、呟きのような「ごめん」という一言だけは、今も突き刺さるように残っていた。
 孝にしてみれば、謝るのが当然だったかも知れない──だが謝ってほしいわけではなかった。聞きたかったのはその理由。今でも、知りたくてたまらない気持ちに変わりはない。
 ……でも、やっぱり舞の意見が正しかったら? そんなふうに考えるとどうしても怖くて、結局この前の週末は家に行けなかったし、連絡も取っていない。明日からの土日も、日曜は空いているけれど、行かないつもりでいる。
 幸いというか、近頃また休日出勤の続いているらしい孝は、週末もほとんど家にはいないとおばさんに連絡してきているらしい。だからこれまでの口実も出てこないのが、今はありがたかった。つい半月前まで真逆の気持ちでいたのが、嘘だったみたいに思えるほど。
 ……なんだか、自分がとても、芯の弱い人間に感じられてならない。この十年、孝を好きでい続けたのに、実際の彼のことはよく知らなかった。
 そのことにふいに気づかされて、急に、自分の気持ちに対する自信が揺らいでいる。これまで、絶対に変わらないと思っていた──思い込んでいたものに対する不安感。