謝れば謝るほど、孝が顔をそむけてこちらを見ようとしなくなるのが、罪悪感に拍車をかけた。怒っているようにも見える表情で立ち上がり、キッチンの蛇口で傷を洗う。その時ようやく、紗綾は持ち歩いている救急セットのことを思い出した。
まだ散らばっている破片を踏まないよう注意することも忘れ、カバンをひっくり返してビニールケースを取り出し、走り寄る。ガーゼで血を拭き取ってから絆創膏を貼り付けてやっと一息ついたが、パッド部分にじわじわと染みてくる色に、また胸が締めつけられる。
「……ごめんなさい」
何度目かわからない謝罪の言葉は、自分で思った以上に震えた声になった。
まずい、と思うと同時に口を覆ったけれど、歯を食いしばっても涙は止められなかった。その途端、足の力が抜けて立っていられなくなる。床にへたり込み、目頭と止まらない涙を手の甲で押さえながらうつむき、泣き続けた。
きっと困っている、と動かない孝の足先を見て思うが、どうすることもできない。泣き声をこらえるので精一杯だ。
何ひとつうまくできなくて、そんな自分がどうしようもなく情けなくて、心底嫌に思えてきた。
今までにもきっと、自分では気づかないところで迷惑をかけていたに違いない──こんな、子供みたいなわたしを、こうちゃんが好きになってくれるはずがない──
その時、傍らに孝がしゃがむ気配がした。続いて手首が両方ともつかまれ、顔から引きはがされる。
驚いて反射的に顔を上げかけたものの、慌ててまたうつむく。ほぼ確実に、ひどい顔になっているはずだ。最近ようやく自然にできるようになった化粧は、きっとぐちゃぐちゃだろう。
想像すると恥ずかしくて、見られたくないから隠してしまいたいのに、手首を握る力は案外強い。痛くはないけど、引いたり首を振ったりしてみても、なぜだか解放してくれない。
口で言うしかないのだろうかと、おそるおそる目線だけを上げてみて、ぎくりとする。想像以上に近い距離に、孝の顔があった。
同時に、今どういう体勢になっているのかが閃くように頭に浮かんで、ますますぎょっとする。
とっさに体を引こうとするより先に、手首を離した孝の右手。伸ばされた指先が紗綾の目のふちを、涙をぬぐうように軽く撫でた。そのまま、今度は頬全体が手で覆われる。
指や手のひらの温度、仕草のやさしい感触に体がしびれたようになり、動けなくなる。呼吸もうまくできない。
顔がさらに近づいてきても、逃げることも、目を閉じることもできなかった。
──やかんが鳴り出した瞬間、紗綾は跳ねるように立ち上がる。
「お茶、入れ、止めないと」
まともに回らない口を気にする余裕もなく、お茶を入れる準備をするために、必要以上にばたばたと動き回る。



