舞からも、悩むのは事実を確認してからにしろと釘を刺されている。だから翌週の日曜に訪ねて行った時、食後にお茶を入れるためのお湯を沸かしながら。さりげなさを装って聞いてみた……つもりなのだが、
「こうちゃん、そういえばこないだの日曜、会社の近くで……」
 質問を全部口にする前に、孝が見せた反応はひどく極端で──それまでごく普通にテレビを観ていたのに、ものすごい勢いで振り返って、こぼれんばかりに見開いた目でこちらを見たものだから、不覚にも続きをしばらく言えなくなってしまった。
 固まった紗綾を見て、直前の自分の挙動が妙だったと思い至ったのか、孝は気まずげに目を伏せる。頭の後ろに手をやり、必死に言葉を探しているふうである。
「…………日曜、一緒に歩いてた女の人って、もしかして元カノ?」
 なんとか笑みを浮かべて、再びさりげなく聞いたつもりの声は、自分でもわかるほどにぎこちない。聞き方もストレートすぎて、もっとマシな聞き方があったんじゃないのかと、言ってから後悔する。
 自己嫌悪と、嫌な想像がミックスされて胸の内が重い。そんな気分で相手の答えを待つのは、ひどく息苦しいことだった。
 幸いというか、沈黙は長くならなかった。
「……ああ、見てたのか。あのへんで飲み会でもやってた?」
「うん、サークルの活動があったから。うちの先輩みんなお酒好きだし」
 お互いに、質問から逸れたことを言うのが、わざとらしく感じられる。沈黙とは別の意味で落ち着かない。
 聞かずにすむなら聞きたくない、自分のそういう気持ちがありありとわかってしまって、自己嫌悪がさらに強くなる。……そしてたぶん、孝も同じように考えているだろうと思えた。言わずにすむのなら言いたくないと。
「確かに、あいつとは去年まで付き合ってたけど、こないだはデートしてたわけじゃないから。ちょっと会ってただけだよ」
 やや早口に、「ちょっと」に力を込めた感じで、孝が説明する。
「……そうなんだ、ふうん」
 と返したきり、紗綾は先を続けることができずに黙り込む。「ちょっとって何?」と軽く聞き返せばよかった、と思った時には間が空きすぎていた。
 平静を装ったつもりのさっきの口調が、かえって無愛想になっていたような気までしてくる。
 向かい合っていることが急に耐えられなくなり、紗綾は孝に背を向けて、途中だった食器の後片付けを再開する。
 ──ああもう、どうしてもっと、さりげなくふるまえないんだろう。たった一つのことで、こんなにうろたえてしまうなんて。
 見かけた時は驚いたし、もし彼女とよりが戻りかけているのだとしたら、と想像したらショックだった。今、孝は否定したけれど、説明を額面通りには受け取れない。言い方からして「たまたま会った」のではなさそうだし、口ぶりもやはり、あまり迷惑そうには聞こえなかったからだ。