幸い、清掃の担当場所が向こうとかち合う部分ではなかったから、その後は顔を合わせずに済んだ。やれやれ、と思いながら紗綾は、サークルの人たちと合流する。今日の反省会のため、一度大学に戻る段取りになっていたのだ。
反省会が終わったのは五時過ぎ。幹部である三年生が全員酒好きであるため、今日も当然のように飲み会開催の運びとなる。紗綾も菜津子たちと参加することにはしたが、移動する道すがら、適当な時間に中座する方法をひそひそと相談する。酒に強い人間が多いので、タイミングをはずすと場を抜けられなくなるのだ。当然ながら紗綾たちは揃って飲み慣れていない。
地下鉄を降りる頃にもまだ相談に夢中で、周囲にほとんど注意を払っていなかった。だから前を行く仲間が立ち止まったことに気づくのが少し遅れた。危うくぶつかりそうになり、慌てて足を止める。
顔を上げると、地下鉄の駅から一番近い大通り沿いの交差点。信号が青になるのを待っているのだ。
周りを見回しかけて、紗綾ははっとした。こちらから見て右向かいの道から、横断歩道を歩いてくるカップルの姿。
休日出勤だったのか、ワイシャツとスラックス姿の孝。声をかけるには距離がありすぎたが、それを残念と思う余裕はなかった。隣を歩く若い女性が、彼に腕をからめる瞬間が目に入ったからだ。
──たぶん孝と同じ年頃で、スーツ型のグレーのツーピース。そんな服装でも地味に見えないのは、きっと彼女自身が華やかだから。遠目で見ても確実にわかるぐらい、美人だった。
彼女の腕を、孝はすぐにはずしていたけれど、表情があまり迷惑でもなさそうに見えたのは気のせいだろうか?
信号が変わり、周りに合わせて歩き出しても、まだ頭はぐらぐらしていた。衝撃が大きすぎて、道を渡った後の二人がどこへ向かったかは見ていない。
そしてふいに思い出した。孝が話していた、去年の暮れに別れたという恋人のことを。
彼女のことを、孝は多くは語らなかった。
大学の同期生で、卒業の少し前から付き合っていたこと。三年続いたものの、うまくいかなくなって別れたこと。
進んで話したくはなさそうだったが、話すこと自体が辛いわけではないようにも見えた。だから何があったにせよ、ほぼふっきれているのだろうと紗綾は解釈していたのだ。
けれど、それは思い違いだったのかも知れない。
もし、あの時の女性が「元彼女」なら──孝が未練を持っていたとしても当然だと思えた。あれだけ綺麗な人ならば。
とはいえ、自分の推測だけで決めつけるのもよくない。ちゃんと本人に確かめるべきだ。



