紗綾は少し目を見開いた。そのまま、なぜかじっと見つめられて、首を傾げると同時にいくぶん落ち着かない気分を覚える。限界を感じて目をそらす前に、紗綾の方からそうしてくれたので、正直ほっとした。
「……近くの大学の、ひとつ上の人。会合で会ったの」
 曰く、会合でたまたま隣の席になり、休憩時間に声をかけられて話をした。参加サークル内で催される合同活動のことにわりと詳しく、いくつか体験談をまじえて教えてくれた。話が弾んだのは確かで、何か相談があったら、と言われた勢いで携帯番号とメールアドレスの交換もしたほどだった。
「そしたら、週明けにメールが来て。……自分と付き合ってみる気ない? って」
 テーブルの下、膝の上で組み合わせているらしい手に目線を向けながら、紗綾はぽつぽつと話す。
 そこまで聞いて、孝はいろんな意味で複雑な思いを感じていた。今の時代、親しくなったその日にすぐ番号やメルアドを教え合うのはごく普通のことではある。だが、女同士もしくは同じサークル内ならともかく、男でしかも他の大学の人間に対してそうするのは、少しばかり不注意ではないだろうか──同じ共同体なら絶対安心、というわけではもちろんないのだが。
「で? さーやはどうしたいわけ」
 そんなふうに考えていたせいか、口調がいささかきついものになったようだった。戸惑った目をした紗綾に、たたみかけるように言う。
「今言ってもしょうがないけど、ちょっと不用心だったんじゃないのか。よく知らない相手なんだから注意しすぎるぐらいで当然だろ。話がたまたま弾んだからって」
「……だって、悪い人には見えなかったから。そんなこと言われるとは思わなかったし……それに、言われたからすぐに付き合おうなんて、そこまで思ってるわけじゃないし」
 萎縮した、おどおどとした声での返答。
 なぜ、注意を促すつもりで言っているはずの言葉が、意図したよりも非難がましくなっているのか、孝自身も不思議だった。最初の不用心はともかくとして、相手の誘いを承諾しようと考えているわけではない。初めに疑ってかかることはしなかったが、相手を無条件に信用しているわけでもないのだ。
 どことなく世間ずれしていないような紗綾でも、それぐらいの分別はあって当然である。そう考えてみても、どうも気持ちがおさまりきらない。
 頭に手をやりながら一息入れて、何気なさを取り戻そうと努力する。
「──まあとにかく、気をつけるに越したことはないってのはわかるだろ。さーやは可愛いんだし」
 意識せず口に出した最後の一言に、自分でぎょっとする。紗綾も、言われた瞬間目を丸くし、しばらくの無言のうちに、徐々に頬に赤味が差してくる。
 自分の顔もそうなっている錯覚にとらわれ、先ほどとは比べものにならないほどの気まずさが襲ってきた。思わず目を伏せ、食事に集中する。