彼女は、紗綾のような無邪気さ、天真爛漫さとは縁のなかった──こんなふうにはしゃぐ姿は見せたことのない「大人」であった。良くも悪くも。
思考が半分違う方向へ行っていたので、話が途切れていることに気づくのが遅れた。
目を上げると、紗綾はゆるく握った拳を口元に当て、やや視線を落としている。何か言いたいことがあるが口にしようかどうか悩んでいる、そんな表情に見えた。
直前に何を話していたのか思い返す。……確か、紗綾が大学で入っているサークルのことだった。ボランティア活動のサークルで、先週だったか、近くの大学との会合に行ってきた──というのまでは聞いたはずだ。
しばらく待ってみたが、紗綾は考え込む様子のまま、話を再開する様子はない。
どうしたのだろうか、何かこっちから振るべきかな、と孝が思いかけた時。
「ねえ、こうちゃん」
紗綾が、決心したようにぱっと顔を上げ、
「付き合ってほしい、って言われたことある?」
いくぶん硬い口調でそう聞いてきた。
質問の唐突さと意外さに、すぐには言葉を返せなくて、数秒の間が生まれる。
「……いや、残念ながらない、けど」
驚きが去らないまま、どうも間抜けな返答をしてしまう。口に出してから妙に身の置き所のない気分を感じた。
紗綾が気づいている様子はなかったが、気まずさを押し隠すため、けんちん汁の椀を持ち上げ中身をすする。具材の切り方がやや不揃いで、塩味が少し濃い気もするが、味は悪くなかった。もっと練習すればきっと、母親並みのものが作れると思う。
そう感想を言ってみたが、紗綾はうなずいただけだった。角煮の時とはあきらかに反応が違う。
どうやら、先ほど自分がした質問のことに気を取られているらしかった──先ほどと同じように口元に手を当て、口をつぐんで、何やら難しい顔をしている。
孝は自分の答えを思い返し、また妙な気まずさが戻ってきそうになったので、今度は思いきって開くことにした。
「で、それがどうかしたのか?」
ぴく、と小さな肩が動いた。上目遣いにこちらを見て、またすぐに目を伏せる。
まばたき五回分ぐらいの間の後。
「────あのね、わたし…………付き合ってほしいって言われたの、この前」
その回答は、予想のど真ん中ではなかったが、範囲内ではあった。それでも、じかに耳にすると驚きはいくらか感じる。
「ふうん、誰に?」
おそらく本人も戸惑っていて、だから相談したいのだろうと思ったから、孝はなるべく落ち着いた口調を心がけて尋ねた。



