「ほんと?」
「ほんとほんと。焦げたとこ取るのは俺がやるから、さーやはそっちの準備しといて。まだ途中だろ」
 とけんちん汁の材料が山盛りになっているボールを指すと、紗綾はうなずいた。
「うん、やっと全部切れたとこなんだけど……もう一個お鍋ある?」
「あったと思う、確か……だから、大丈夫だって。そんな顔しなくても」
 泣き出しそうな顔で、まだ鍋の焦げを見つめている紗綾に、
「もし底の焦げが取れなくても、鍋ぐらいまた買えばいいんだし。それにこれ、無事なところはうまそうに見えるよ」
 なんとか安心させたい思いでそう言うと、やっと彼女は少しだけ表情をやわらげた。
「ほんとに? ……じゃあ、ごめんなさい、そっちの方はよろしく。その分、こっちは失敗しないようにがんばるから」
 孝が探し出した別の鍋を握りしめて、紗綾は言った。果たし合いにでも行くみたいな、真剣そのものの顔と口調で。
 見た目よりも、焦げ具合は手ごわかった。
 肉はどうにか焦げた部分と切り離せたが、鍋の方は、金タワシでこすっても半分程度しか落ちなかったのだ。
 しばらくぬるま湯に浸けておいて、もう一度洗い直してみるしかない。その一部始終を見ていた紗綾は、また表情を曇らせる。
「……あの、ほんとにごめんなさい。お鍋、わたしが新しいの買うから」
「いいよ。まだバイトしてないって言ってただろ、鍋って意外と高い……っと」
 さらにしゅんとしてしまった紗綾に、再三慌てさせられる。
「そうじゃなくて、俺が言いたいのは気にしなくていいってこと。ちょっとぐらい残っても使えるし、だいたいは落とせると思うから」
 と取りなしても、まだうつむいたままでいる。
 まるで、ボヤでも起こしてしまったかのような落ち込みようだと思った。
「だから、ほんとに大丈夫なんだって。それにこの角煮、味はちょうどいいよ。うまくできてる」
「──そう? おいしくできてる?」
「ん、充分充分」
「……でも、ちょっと固いよね。おばさんのはすごく柔らかいのに」
「けど一人で作ったの初めてなんだろ。だったら、上出来だと思うよ」
 その一言がやっと、気を取り直すきっかけになったらしい。紗綾はようやく顔を上げた。
「ありがと。……うん、味は悪くないと思うんだけど、やっぱ急にはうまくできないね。おばさんの絶品角煮に近づけるようになりたいなあ」