その日、紗綾の様子がいつもと違うことには、わりと早い段階で孝は気づいた。
いつもと言っても、家に来るのは今日で三度目。イコール、再会してから会うのも三度目だ。だから会ってすぐにはわからなかった。だがしばらく様子を見ているうちに、これまでのような明るさが少し影をひそめているというか──
「ごはん、もうすぐできるから……どうかした?」
その時、台所で動きつつ振り向いた紗綾と目が合う。彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「いや、別に」
首を傾げられるまで、自分がずっと紗綾を見ていたことに気づかなかった。ごまかして、なるべく自然なふうに目をそらす。
今日の紗綾は、来た時からやたらと張り切っていた。孝の母親に習った料理を試しに作ってみたいからと、前の二回よりは少なめな差し入れとともに、スーパーの袋を下げてやって来た。
メニューは豚の角煮とけんちん汁らしい。昨日教わったばかりだと言うので、冗談で「実験台?」と聞いてみた。すると、あからさまに心外そうな顔で「違うよ、こうちゃんが好きなおかずだって聞いたから、わざわざ習って来たのに」と、実にストレートに反応した。
あんまり真面目に反論するものだから、つい吹き出してしまったら、今度はむくれられた。前に経験した流れなので、今回はすぐにきちんと謝ったが、内心は可笑しい気持ちでいっぱいだった。
今でも──いや、可笑しいというとちょっと語弊があるなと思う。そうではなくて、可愛いな、と思うのだった。紗綾のそんな反応の仕方が。
急に、鍋の蓋がカタカタと音を立てた。かすかに焦げた匂いも漂ってくる。
顔を上げると、一心不乱にネギを切っていた紗綾が、慌てて火を止めるところだった。鍋の中を覗き込み、途端に固まる。
「……さーや? 大丈夫か」
なかなか硬直から解けないのが気にかかり、孝は立ち上がった。コンロに近づくごとに、焦げ臭さが強く感じられる。
やっと振り返った紗綾の表情は、泣き笑いと苦笑いが混ざっていて、かつ、笑いの部分はかなり少なくてすぐ消えそうに見えた。……鍋の中身、豚肉の上の方は無事だが、煮汁がすっかりなくなっていて底が焦げつきかけている。
あー、と思わず嘆息してしまい、次の瞬間に後悔した。見上げる紗綾の涙目とぶつかってしまったから。
「あ、いや……」
口ごもってしまう。咳払いを一つしてから、
「えっと、これぐらいなら大丈夫だから。焦げたとこだけ取ったら充分食えるしさ」



