「……あ、平井さん。こんにちは」
「あっ、びっくりさせちゃった? ごめんごめん。ちょっと急ぐ用があったもんだから講義終わるまで待てなくて──ねえ、池澤さんて次の金曜の夕方は予定ある? 講義とかバイトとか」
「いえ、金曜は四限で終わりますし、バイトはまだ決めてませんから、四時半以降は空いてますけど」
答えると、相手のやや切羽詰まったようだった表情が、少し明るくなった。
「ほんと? じゃあ、急で悪いんだけど会合に出てくれないかな」
「会合、ですか?」
「このへんの大学の、ボランティア系のサークルが集まって月一でやってるの。それぞれの活動報告とか今後の提案とか出したり、協力を頼んだりね。幹部と、最低もう一人が出席しなきゃいけないんだけど、今回は誰も都合が合わなくて困ってて……私もその日は、五限が入ってるから間に合わないし」
本当に困った、というふうに眉を寄せて、平井先輩はため息をつく。
「幹部は、どなたが行くんですか」
「宮本さん。今年度はずっとあの人が行くと思う。幹部の中では一番情熱注いでるから」
副部長をしている三年生の名前である。確かに、少しばかり活動に熱を入れすぎる傾向はあるが、面倒見が良く人当たりのいい女性で、決して苦手な相手ではない。だから紗綾は言った。
「わたしでいいなら、行きましょうか。会合にも興味ありますから」
「よかったー、助かるわ」
と本当に助かったように平井先輩は言いながら、顔にも安堵を浮かべた。
「じゃ宮本さんに伝えとくね。あ、携帯の番号教えてくれる? 時間とか場所とかの連絡があると思うから」
わかりましたと番号を教えながら、本当は金曜日にしたいことがあったけどな、と考えていた。夜にでも、孝の母親に料理を教わりに行こうかと思っていたのだ。はっきり決めていたわけではないから、おばさんにもまだ言っていないけれど。
ただ、今週の土日はめずらしくサークル活動が重なっていて、どちらも夕方には終わるものの週明け提出のレポートもあるから、孝に会いに行く時間はない。次の機会の前に、ひとつでもレパートリーを増やしておきたかったのである。
そう思いながらも断らなかったのは、平井先輩がほんとに困っているように見えたからだ。幹部に頼まれてあちこちに声をかけたのだろうに、いまだ人が見つからないらしいのが気の毒に思えたから。
まあ、料理はどうしても今週でないとダメなわけじゃないし……でも次の金曜こそはちゃんと予定を入れておこう、帰ったら隣へ行かなきゃ、と思い直した。



