「僕は君のことを本当に愛してる」

 ジオがさらりとそんなことを言うので、イリヤはぎょっとして彼を見た。

「……けど、君の絵の良さだけはいつまで経っても理解できそうにない」

 ジオの視線の先には、イリヤが描いている絵があった。
 イリヤは失礼な! と怒ると、ジオから絵を庇いだてするように隠す。

 魔術絵本作家。
 というのが、現在のイリヤの肩書きだ。
 小さな子どもでも簡単にできる魔術が取り入れられた仕掛け絵本のようなもので、これが大ヒットーーはしていないのだが、それなりに部数を伸ばしている。
 魔術はともかく独特の絵柄がクセになるということで、彼女の作品には大人のファンが意外に多い。

 ジオは変わらず魔術学校での仕事を続けていて、夫婦の暮らしは慎ましく、穏やかだった。

「だってさ。正直草にこんな顔はないし、あってもこんな犯罪者のような表情で笑わないよ、きっと」
「ジオは夢がないですね。なんでそんなにつまらない大人なんですか」
「これだけは譲らないけど、僕がつまらない大人であるかないかに関わらず、イリヤの絵はちょっと気持ち悪いよ」

 その一言で、イリヤはぽんとカエルに姿を変えた。
 物語の展開に悩んでいることもあって、少々苛立っていたところに夫が無粋なツッコミを入れるものだから、ついついカチンときてしまったのである。

 カエルが苦手なジオの引き攣った顔を見てやろう。
 と、思ったのだが。
 ジオは全く動じないどころか、それがさも簡単なことであるかのようにさらりとキスをしてきた。
 ぽんと人間に戻ったイリヤの真っ赤な顔を見て、ジオはにやりと笑った。少し意地悪で、妙な色気がある。

「残念。カエルは克服したんだよね」

 その表情に動揺してしまったイリヤには、悔しいかなそれ以上反撃の手立てはない。

 だから今は、この悔しさをバネに、新作の執筆に打ち込むより他ないのだった。