紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています

 川崎のホテルに帰ると、わたしはベッドの上で一人で泣いた。泣きながら、初めてデートに誘われたときに薫さんにもらったチョコレートを口いっぱいに頬張った。今までもったいなくて食べれなかったチョコに手をつけていた。チョコはドライフルーツが使われており、華やかなチョイスが薫さんらしかった。でも今、頭をしめているのは十和子さんのことだ。マンションに二人で入る姿を見て、十和子さんに二人で過ごした思い出の場所を穢された気すらしていた。
 
 でもと思う。
 
 薫さんと十和子さんはもともと婚約者だったのだから、二人の間に割って入ったのは自分ではないか。そうか、邪魔者はわたしなんだ。そう思うとますます泣けてきた。おかげで次の日の朝は、腫れた目を冷やす必要があった。
 
 出勤の準備を終え、ホテルを出ると、クリスタルロード川崎はすぐ目の前だった。深いため息をつくとわたしは自分に喝を入れ、足早に従業員入口に向かった。そして今日も制服に着替えて、ヴォーグに向かった。


「はぁ」


 仕事中も、わたしはため息ばかりついていた。

 店長も小沢さんも何かを感じたのか、落ち込んでいる理由は聞いてこなかった。


「なーに辛気臭い顔をしているの? 紫さん」


 声を聞いて顔を上げると、響子さんが立っていた。


「あなたが来てくれるの、ずっと待ってたのよ。でも連絡ひとつ寄越さないから直接来たわ」


 そういえば、響子さんの施術のために近いうちに訪問すると、この間約束していたのを思い出す。


「すみませんでした」

「いいのよ。忙しいのはいいことだわ」


 個室に案内された響子さんはスツールに腰かけると、手を出した。

「あなたのネイル、わたしの友達にも見せたけど、評判がいいのよ。前より派手にしてちょうだい。みんなに宣伝してあげるから」


 響子さんは上機嫌だった。その姿がおもちゃをもらった子供みたいで、あまりにも可愛らしくて、
笑ってしまった。

 わたしはネイルをオフするところから始めた。下処理をしてウッドスティックで剥がれたジェルネイルをひとつひとつゆっくりと取り払った。響子さんは声を潜めた。


「……十和子は、あなたに接触してきたでしょう?」


 わたしは驚きのあまり、ウッドスティックを取り落としかけた。その反応で響子さんは事実を察してしまった。


「やっぱりね。……あの子は昔からそうなの。なんだかんだ言っても薫に執着しているのよ。いつに
なったら初恋から卒業するのかしら」

「初恋?」

「そう。十和子の一目ぼれ。それも五歳のときからね。あの子も初恋を拗らせてるのよ。まあ初めての恋の相手がうちの薫じゃ、忘れられないのも無理はないけど」