仕事を終えると川崎駅近くのホテルに向かった。そこが薫さんがわたしのために用意してくれた部屋だった。この一週間、コンビニで一人で買い物をして帰る日々はひたすらむなしかった。ちょっと前まではコンビニの食事を一人の部屋で食べる毎日だったのに、そのことが遠くに思えた。薫さんの作る食事がたまらなく恋しい。大好きだったコンビニのサラダスパゲティーも甘いパンも不思議と美味しく感じなかった。
わたしはスマートフォンを手に取り、何度も薫さんの番号を眺めては消すのを繰り返していた。別居した日以来、ラインからの連絡もない。そのことが余計にわたしを不安にさせた。わたしからラインを送ることはもちろん考えたけど、もし返事が帰ってこなかったらと思うと勇気がでなかった。
そこで、わたしはこっそり白金のマンションの様子を見に行くことにした。
夜の八時過ぎに帽子を目深にかぶり、薄茶色のシャツにジーンズを履いて、白金台の駅で降りた。通いなれたマンションに向かうと、入口が見通せる場所に隠れて待つことにした。三十分ほどすると、薫さんが戻って来た。仕事が忙しいと言っていたわりに早い帰宅だ。しかし、薫さんは一人ではなかった。薫さんの半歩後ろを十和子さんが歩いている。二人はとくに会話をすることなくマンションへと入っていった。その後ろ姿を信じられない思いで見ていた。
わたしはショックのあまり固まったまましばらく動けないでいた。
やがてのろのろと駅に向かって歩き始めると、「紫さん?」と誰かに声をかけられた。
「やっぱり紫さんだ。薫の部屋の窓から見えたから、まさかと思ったんだけど、こんなところにいたのね」
十和子さんがエントランスを通って、こちらに姿を見せた。
「――実家に帰ってるんじゃなかったの?」
そういうことになっているらしい。薫さんは嘘をついてまで十和子さんと一緒にいたかったのだろうか。ますます落ち込んだ。
「……いいえ、仕事がありますから」
「そうなんだ。わたしも仕事の話があって、薫の家に来たの」
少しほっとした。
「明日も仕事なの?」
「はい」
「じゃあ、明日の夜の九時に、今から言う場所に来てくれないかしら。ちょっと用事があるの」
十和子さんが渡してきたのは、とあるホテルの住所とカードキーだった。
「インターホンは鳴らさないで入ってきてね」
それだけ言うと十和子さんは、マンションへと戻っていった。
