困ったことになったなと薫は思った。
かつての婚約者、十和子の帰国に苦々し思いがこみ上げてくる。
初めて出会ったときは純粋無垢な少女だった五つ年下の十和子は、薫が高校、大学に進学するころには、薫のことを毛嫌いするようになっていた。そのころ、来るもの拒まず、去る者追わずで恋愛をしていた薫のことを汚らわしく思ったからのようだった。
十和子に対しては、親が勝手に決めた婚約者という認識しかなかった。それは向こうも同じで十和子は高校を卒業すると同時に、自由を求めてアメリカの大学に進学した。もともと有能な女性だったので、大学在学時に会社を立ち上げ、今では実業家としても成功している。
十和子の帰国には驚いたが、それよりも薫の頭を占めていたのは、紫のことだった。きっと十和子の存在は彼女を不安にさせているに違いない。つい焦ってしまう。
ようやく煩わしいパーティーが終わるころ、人のまばらな会場に十和子がやってきた。
「あなたの奥さんと話をしてきたわ」
なぜという疑問が真っ先に浮かんだ。
「あなたの過去を話して聞かせたら、青い顔をしていたわ。ねえ、あのひとのどこがよかったの?」
「君には関係ない」
冷たく突き放すと、十和子の瞳が怪しい光を帯びた。
「わかっているわ。あなたは誰も本気で愛せないって」
薫の肩がぴくりと反応した。
認めたくないが、それは事実だった。
けれど、今は違う。紫を心底愛おしいと思っている。
「ねえ、薫、よりを戻さない? 今ならわたしとあなた上手くやれると思うの。たまの浮気も許してあげるから」
紫なら間違ってもこんな発言はしないだろう。薫はため息をついた。それによりを戻すも何も付き合ったことすらないのに、おかしな話だ。それなのになぜ、今さら自分に執着するのだろうか。
「十和子、君と一緒になるつもりはない」
「どうして? あんなひとより、ずっと立派な奥さんになれる自信があるわよ?」
「何があっても彼女と別れるつもりはない」
みるみるうちに十和子の瞳から怒りの感情があふれ出る。
「……そう。よくわかったわ。――でもわたし、諦めは悪いほうなの。覚悟しておいてね」
それだけ言うと十和子は目の前から消え去った。
喉に苦々しい思いだけが残った。
