「あ、ボールペンだ」
別のガラスケースを指さすと緑川さんは苦笑する。
「こちらは万年筆です」
我ながら無知で恥ずかしい発言である。
「皮製品の専門店なのに、万年筆なんて売ってるんですね」
「店長の趣味です」
緑川さんは恭しい手つきで万年筆を取り出すとわたしに見えるように空中に掲げた。
「すごい! ……きれい」
「こちらはモンブランのアレクサンドル・デュマです」
「ああ、モンブランって、万年筆……」
「は?」
わたしの呟きに緑川さんは怪訝な顔になる。
「あ、いえ、デュマって作家の?」
「はい。三銃士やモンテ・クリスト伯などの作品で知られているデュマをイメージして作られた品になります」
見れば見るほど美しい万年筆だった。ダークブラウンのキャップに大理石のようになめらかで極太の気品あるボディ。金のクリップは三銃士などをイメージしたであろう剣のシンボル。
ペン先はロジウム装飾でフランス王家と関係が深くフランスの象徴でもあるフルール・ド・リスが刻印されている。
「この万年筆は面白いんです。通常、キャップには、デュマのサインが入っているんですが、最初、誤ってデュマの息子で小デュマと呼ばれるアレクサンドル・デュマ・フィスのサインが入れられたロット発売されたんです。後からデュマのものも発売されたんですが、フィスのサイン入りの品は今では希少性のあるコレクターズアイテムとなっています」
「デュマに息子がいたんですね」
「はい。彼も作家で椿姫なんかが有名です」
わたしは緑川さんの知識の深さに感心した。そして商品のことを語るときの優しい目つきに視線が吸い寄せられる。
「だからデュマの万年筆は二種類あるんです。――こちらは店長がフランスで仕入れたフィスの万年筆になります」
「じゃあ、すごい貴重な品なんですね」
「ええ」
わたしの中で何かがピンきた。これだ! という感覚だ。
父の趣味は読書で書斎にはいくつもの本棚を並べられていて、本がぎっしり詰まっている。昔父に勧められて、デュマの本を読んだことがあった。父のお気に入りの本だと幾度も言っていた。万年筆なら仕事にも使える。こういう品のほうが嬉しいかもしれない。
「おいくらですか?」
勇気を出して値段を聞いたわたしは予算をはるかにオーバーした価格に呆然となる。だが、社販で買うと四割引きだという。それでも悩ましい金額だ。
