「薫さん、高藤十和子さんってご存知ですか?」……違うな。「薫さんには、婚約者がいたんですか?」も聞きにくい。

「あーもう! わかんない!」


 夜、わたしは自分の部屋でクッションを抱えながら、十和子さんに聞いた話をどう薫さんに切り出すべきか悩んでいた。ものすごく聞きにくいけれど、今度のパーティーで会うのなら、どういう関係か訊かないわけにはいかないだろう。

 そこでわたしはあることを思いついた。

 スマホの検索画面で「高藤十和子」と入力し、検索した。

 思いがけずたくさんの情報がスマートフォンの小さな画面に映った。

 十和子さんは、アメリカの美容業界ではその名を知られた、若き女経営者だった。雑誌やネットのインタビュー記事や彼女の来歴も掲載されていた。


「スタンフォード大学卒、パリの社交界にデビューの経験あり、東洋の美のカリスマと名高い才媛、か……」

 なんだかすごすぎて、理解が追い付かなかった。

 さっきの話が本当なら、どうして二人は結婚しなかったのだろうか。悔しいくらいにお似合いなのに。

 と、薫さんが帰ってきたのが、玄関の鍵を開けたことでわかった。わたしは部屋を出て下に降りると、薫さんを出迎えた。


「お帰りなさい。今日も遅かったですね」


 ここ最近、薫さんの仕事は深夜にまで及ぶことが多かった。


「具だくさんお味噌汁を作ったんですけど、食べますか?」

 すると薫さんが眉間に皺を寄せる。


「料理なんてしなくていいと言ったじゃないですか。指を傷つけたらどうするんですか?」


「心配しすぎですよ。それに簡単なものしか作ってないので大丈夫です」


 と言いながらも、薫さんの本音に気づいていた。彼は自分以外の誰かがキッチンを使うことに抵抗があるのだ。一緒に暮らすようになってからわかったのだが、薫さんにとってキッチンは自分が支配する聖域なのだ。

 とはいえ、生活を共にしているのに、キッチンに触れるなは無理がある。その言いつけを守るなら、わたしはお茶すら満足に沸かせなくなる。それに忙しい薫さんに少しでも栄養バランスのとれた料理を食べてもらいたかった。


「食べますか?」


 もう一度聞くと、薫さんは頷いた。


「せっかく紫さんが作ってくれたんだから食べますよ」


 笑いながら答えてくれたが、ちょっとだけ無理をしているのが伝わった。

 コートを脱いだ薫さんは、ダイニングテーブルに座り、ご飯とお味噌汁、そして卵焼きにポテトサラダを完食した。薫さんが食べ終えた食器を食洗器で洗っていると、訊かれた。


「この間、出席を頼んだパーティーなんですが、ドレスやアクセサリーはこちらで準備しますので、当日は普段着でホテルに来てください」


「わかりました」


 パーティーの話をされ、またも脳裏に十和子さんのことが浮かんだけど、仕事で疲れている薫さん
に訊くことは躊躇われた。