その日、わたしは冷房の効いた部屋で惰眠を貪っていた。七月に入り、梅雨明けしてから、冷房なしでは家にはいられないほど暑くなった。
ネイルサロンは土日が書き入れ時で休めないため、当然、平日が休みになる。
大学入学とともにわたしは上京して一人暮らしを始めた。就職のために今の家に引っ越して以来、ずっとこの1DKのアパートに住み続けている。
二度寝、三度寝を繰り返していると、スマホの振動音に眠りを破られる。のそのそと手を動かし、ベッドサイドに置かれていたスマートフォンをとり、アイコンをタップする。
『あ、紫、今、なにしてるの?』
静岡の実家に住まう母からの電話だった。
「……休みだから寝てたよ」
『こんな平日に寝て過ごすなんてだらしないわね。だからやくざな仕事は辞めてって言ってるのに』
「ちゃんと自分で生活してるんだから、お母さんには関係ないでしょう? それにネイリストと変な商売を一緒にしないで。――で、何の用なの?」
おしゃべりな母の質問攻撃が始まる前にわたしは急いで言った。
『来月お父さんの誕生日でしょう? プレゼントを用意したいの』
「……あ」
すっかり忘れていた。
『お金半分出すから、あなたに選んでほしいの』
「わかった。予算は?」
『二人で五万』
「お母さんはどんなのをお父さんにあげたいの?」
『こっちでは見ないようなセンスのある品がいいわ。東京にはそういう店がたくさんあるでしょう?』
「探せばあると思うけど、わたし都心にはあんまり行ったことないよ……」
『じゃあ、あなたの勤め先の近くで探して。仕事で使えるようなものはどう?』
わたしの父は静岡で貿易関係の仕事に就いている。
商談も多く役職も部長なので下手な安物はあげれない。もちろん父は何を贈っても喜んでくれるだろうが、わたしと母は父が恥をかくような品を選びたくなかった。
「……うーん、難しいけど考えてみるよ」
『お願いね』
通話が切れる。
母からの電話のせいですっかり目が冴えてしまった。
ベッドから起き上がると、ローテーブルの上に置かれた木の箱の蓋を開けた。商売道具のジェルネイルがたくさん並んでいる。ラグマットの上に座り、一度、ネイルをオフすると、地爪をファイリングして、爪の長さや形を整える。ファイルダストをブラシで除去すると、今度は丁寧にベースジェルを塗った。そして箱の中から新たなカラージェルを取り出し、施術を始めた。
ネイリストは技術を磨くための努力が常に要求される。
集中するあまり、無心になれるこの時間が好きだった。
お昼過ぎ、キッチンに立ち、ご飯を炊き始めた。炊ける直前に、昨日の帰りにコンビニで買ったお惣菜をレンジで温める。ほかほかの筑前煮を味わいながらテレビをつけたが、チャンネルを変えても面白そうな番組はなかった。ワイドショーでは、大物芸能人の不倫騒動が白熱している。
ご飯を食べながら、お父さんへのプレゼントを考え始めた。
ネイルサロンは土日が書き入れ時で休めないため、当然、平日が休みになる。
大学入学とともにわたしは上京して一人暮らしを始めた。就職のために今の家に引っ越して以来、ずっとこの1DKのアパートに住み続けている。
二度寝、三度寝を繰り返していると、スマホの振動音に眠りを破られる。のそのそと手を動かし、ベッドサイドに置かれていたスマートフォンをとり、アイコンをタップする。
『あ、紫、今、なにしてるの?』
静岡の実家に住まう母からの電話だった。
「……休みだから寝てたよ」
『こんな平日に寝て過ごすなんてだらしないわね。だからやくざな仕事は辞めてって言ってるのに』
「ちゃんと自分で生活してるんだから、お母さんには関係ないでしょう? それにネイリストと変な商売を一緒にしないで。――で、何の用なの?」
おしゃべりな母の質問攻撃が始まる前にわたしは急いで言った。
『来月お父さんの誕生日でしょう? プレゼントを用意したいの』
「……あ」
すっかり忘れていた。
『お金半分出すから、あなたに選んでほしいの』
「わかった。予算は?」
『二人で五万』
「お母さんはどんなのをお父さんにあげたいの?」
『こっちでは見ないようなセンスのある品がいいわ。東京にはそういう店がたくさんあるでしょう?』
「探せばあると思うけど、わたし都心にはあんまり行ったことないよ……」
『じゃあ、あなたの勤め先の近くで探して。仕事で使えるようなものはどう?』
わたしの父は静岡で貿易関係の仕事に就いている。
商談も多く役職も部長なので下手な安物はあげれない。もちろん父は何を贈っても喜んでくれるだろうが、わたしと母は父が恥をかくような品を選びたくなかった。
「……うーん、難しいけど考えてみるよ」
『お願いね』
通話が切れる。
母からの電話のせいですっかり目が冴えてしまった。
ベッドから起き上がると、ローテーブルの上に置かれた木の箱の蓋を開けた。商売道具のジェルネイルがたくさん並んでいる。ラグマットの上に座り、一度、ネイルをオフすると、地爪をファイリングして、爪の長さや形を整える。ファイルダストをブラシで除去すると、今度は丁寧にベースジェルを塗った。そして箱の中から新たなカラージェルを取り出し、施術を始めた。
ネイリストは技術を磨くための努力が常に要求される。
集中するあまり、無心になれるこの時間が好きだった。
お昼過ぎ、キッチンに立ち、ご飯を炊き始めた。炊ける直前に、昨日の帰りにコンビニで買ったお惣菜をレンジで温める。ほかほかの筑前煮を味わいながらテレビをつけたが、チャンネルを変えても面白そうな番組はなかった。ワイドショーでは、大物芸能人の不倫騒動が白熱している。
ご飯を食べながら、お父さんへのプレゼントを考え始めた。
