タイミングよく、薫さんとお父さんが戻ってくると、お母さんは黙って口を閉ざした。
緑川家を辞するとき、お父さんは「薫をよろしく」と言ってくれたが、お母さんは無視していた。駅までの道を歩きながら、薫さんは訊いた。
「母が失礼なことをいいませんでしたか?」
「いえ、その、まあ」
嘘をついてもバレるだろうと思って口ごもっていると、薫さんはため息をついた。
「あの人はお嬢様育ちで世間知らずなんです。何を言われても聞き流してください」
しかし、今日の会話で聞き流せない疑問が発生していた。
「……薫さんのお父さん、藤和コーポレーションを買収したから、薫さんが会社に戻ってきてくれることになったって言ってましたよね? それって、わたしのせいですか?」
薫さんがわたしをかばって水谷社長を怒らせたとき、とくに焦った様子を見せなかったのは、万が一のときは会社を買い取れば問題ないと思っていたからではないだろうか。
「……前にも言ったように父の会社に戻ることは最初から決まっていたことですから」
なんともそっけない言い方だった。
薫さんがそういう言い方をするとき、言いにくい事情を抱えているせいだと、短い付き合いでわたしは学習していた。謝りたかったけど、今謝っても薫さんが室善を辞めることに変わりはない。それに薫さんは謝罪など望んではないだろう。わたしは心の奥で薫さんに感謝した。
