無事にわたしの家族との顔合わせが済んだので、今度は薫さんの家に挨拶に行くことになった。わたしの左手の薬指でサイズ直しが済んだハリーウィンストンの指輪が輝いている。
「手土産、本当にこれでいいんですか?」
「ええ、あそこの栗蒸し羊羹は父も母も好きです」
どきどきしながら薫さんの家に向かうと、大きな平屋の家が見えてきた。立派な門構えで、表札に緑川と書かれていた。
「うわー、大きいですね」
ある程度予想はしていたが、わたしの貧相な頭では想像力に限界があった。門をくぐると庭から家までの距離がかなりあった。玄関に入るとそこだけでわたしの住むアパートの何倍も大きな空間が広がっていた。
「坊ちゃん、お帰りなさいませ」
四十代くらいの家政婦さんが出てきて頭を下げる。
「ただいま帰りました」
「ささ、旦那様と奥様がお待ちですよ」
わたしはきちんと靴を並べて家に上がった。
広い廊下を一歩あるくたびに緊張して、足が震えた。
案内されたのは芸術的に整えられた庭を一望できる洋間だった。一人がけのソファが四脚置かれている。その片側には和服を着た女性とジャケットを身に着けた男性が座っていた。
「お父さん、この人がぼくが選んだ女性です」
「……初めまして、樫間紫です。よろしくお願いします」
すると薫さんのお父さんが笑顔になる。
「そんなにかしこまらなくていい。自分の家だと思ってゆっくりくつろいでくれ」
「ありがとございます」
手土産を渡そうとすると、さきほどの家政婦の女性が預かって持って行った。
薫さんに言われ、わたしはソファに腰かけた。薫さんも座った。
「薫、結婚したら家に戻ってくるんだろう?」
お父さんの問いに薫さんが渋面になる。
「戻ってくるわけないでしょう? お父さんと顔を合わせるのは会社だけで十分です」
「それもそうか」
薫さんのお父さんは豪快に笑った。
「あら、わたしは戻ってきたほうがいいと思います。紫さんにはこの緑川家の嫁としていろいろ覚えてもらわないといけないことがたくさんあるのですから」
いきなり同居というハードルの高さに、わたしは冷や汗をかいていた。
「母さん、紫さんは結婚したあとも仕事を続けると言っているんです。白金の家から通ったほうが負担にならないでしょう」
「まあ、わたしたちとの同居が負担になるってこと⁉」
「それに父とも約束しています。結婚後は、プライベートには口を挟まないことを」
