三日後、わたしと薫さんは静岡にある父の入院する病院を訪れていた。
お父さんとお母さんは、病室でわたしたちを待っていた。まず薫さんがお父さんに頭を下げる。
「初めまして、緑川薫と申します。よろしくお願いします」
薫さんは、お父さんに手土産を渡した。
「紫の父です。この間は娘がお世話になったようでありがとう。あの万年筆は君が選んでくれたと聞いたよ」
「正確に言うと、あれを選んだのは祖母です。祖母は室善の経営を生き甲斐にしていて、今も海外をあちこち旅してまわっているんです」
「元気なおばあさんだね。……ところで、君は千海ホールディングスの後継者だと聞いたが……」
「はい。八月で室善を辞めて父の下で働くことが決まっています」
「……こういってはなんだが、君は紫を幸せにできるのかね? お父さんの会社に入ったら忙しくなるんだろう? 紫に寂しい思いはさせないと言い切れるのか?」
「……それは」
わたしはそこで口を挟んだ。
「お父さん、わたしは大丈夫よ。仕事だって結婚しても辞めるつもりはないから寂しくないし、薫さんのお仕事の邪魔はしたくないの」
すると父は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
どうやらわたしが薫さんを庇う姿が面白くないようだ。いつも泰然としているお父さんの意外な一面を見た気がした。
「結婚式はどうするんだ? 君のような立場の人間ならこじんまりとした式を挙げるわけにはいかないだろう?」
「いいえ。紫さんと話し合って、身近な人だけを呼んでささやかな式を行う予定です。両親も賛成してくれています」
「……そうか」
ふいにお父さんは目頭に手をあてた。鼻水をすする音が聞こえて、父が泣いていることがわかった。
「ついに紫が結婚か。寂しくなるな……」
「ちょっとお父さん」
祝福ムードに水をさす発言にお母さんがお父さんをたしなめる。
「お父さん……」
「でも、安心したよ」
静かに涙するお父さんを見ていると、わたしまで泣きたくなってくる。涙で目を赤くしていると、薫さんがそっとハンカチを差し出してくれた。薫さんの手がわたしの肩に置かれる。
薫さんは最後にこう言った。
「紫さんのことは必ず幸せにします。だから、結婚を許してください」
顔を上げたお父さんはわたし以上に赤い目をしていた。
「君のような立派な男に娘をもらってもらえるなら、安心だ。娘を頼む」
「はい」
薫さんは力強く頷いた。
