わたしはパスタを食べつつも悩ましい気持ちになった。わたしは料理をほとんどしないからだ。せいぜいコンビニで買った総菜を温める程度だ。インスタント食品も家に常備している。もしそれを知ったら薫さんはどう思うだろうか。顔よし、性格も基本は穏やか、料理もできて経済力もある万能に近い婚約者に引け目を感じてしまった。
「どうかしましたか?」
薫さんが心配そうにわたしを見ている。取り繕っても意味はないだろうと思い、わたしは正直に告白した。
「……わたし、あんまり料理できないんですよね」
「あなたの場合はしかたない」
「は?」
「包丁で指でも怪我したら、仕事にならないでしょう?」
さも当然という顔をされ、わたしは恥ずかしくなった。料理をしないのは面倒くさいからで、指を守るためではないからだ。結婚したらもう少し料理をがんばろうと思った。食事を終えると、わたしはお皿の片付けを担当した。薫さんはそんなことはしなくていいと言ってくれたけど、わたしが気にすると言って説得した。
「律義ですね」
そう言って薫さんはおかしそうに笑った。その笑顔はいつもと違って柔らかくて、わたしの心に温かい火を灯した。帰ろうとすると、二階を案内したいと言われた。
「結婚したら、紫さんは二階に住んでください。そのほうが安心でしょう?」
そう言われて見学させてもらった部屋は、十二畳ほどの広さで、シーツのかかっていないベッドだけが置かれていた。この部屋だけでわたしの暮らすアパートより広かった。こんな部屋に住めるのなら、結婚も悪くないかもしれない。
帰りは駅まで送ってくれた。
「今日はありがとうございました」
改札口でお礼を言うと、また薫さんがしかめ面になる。
「敬語は辞めてください」
薫さんも相変わらず敬語だったけれど、そっちのほうが彼らしいと思った。
「じゃあ、薫さんも敬語をやめてください」
すると薫さんは苦悩する顔になる。やがて諦めたように言った。
「おやすみなさい、紫さん」
どこかこそばゆくなるような会話を交わし、わたしは電車に乗るために改札をくぐった。
