紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています

 一刻も早く手を洗いたかった。
 
女子トイレに入ると、わたしは急いで石鹼のポンプを押した。何度何度も執拗に洗うと、ようやく気持ちが落ち着いた。
 
 もう帰ろう。
 
 トイレから出ると、小沢さんにラインで「ごめん、もう帰るね」と送った。もとから最初だけの参加でいいと言われていたので、すぐに「わかりました。気をつけて」と返事が帰ってきた。外に出ると、雑多な空気だけど、妙な解放感を味わった。


「でも、お腹空いたな」

 ひとりごちた。結局、まともにご飯を食べないまま出てきてしまった。けれど、あの男と二度と顔を合わせる勇気はなかった。すると、背後でレストランの入り口にかかったベルの音がした。振り返ってぎょっとする。さっきの男がわたしを追いかけてやってきたのだ。

「帰るなら送るよ」

「結構です!」


 すると男性がむっとする。


「なんだよ。あまり物の分際で、偉そうに」


 腹が立ったが相手にするのも馬鹿らしくて、くるりと背を向けようとすると、いきなり手を掴まれた。濡れ雑巾のような感触にぞっと肌が泡立つ。


「放してください!」

「だから、送ってあげるだけだってば」

「本当に結構です!」


 もう顔を見るのも嫌だし、こんな男に自宅の場所を知られたくなかった。


「なんだよ。ブスのくせにお高くとまりやがって」

「——彼女はブスではありませんよ」