「……須藤さまはお若いですし、もっといい相手に出会えますよ」

「でもわたし、もう仕事を辞めて専業主婦になりたいし、子供も欲しいし……」


 須藤さまは結婚というものに夢を見すぎている。今の仕事に遣り甲斐を感じておらず、その満たされない感情を結婚という幸せの儀式で埋めようとしている。


「婚活では女の値打ちは若さで決まるから焦るんです」


 須藤さまはそこであっと気まずそうな顔をした。

 ここのネイルサロンに通い始めて半年がたつ須藤さまは、わたしが彼女より年上の二十八歳で恋人はおらず、結婚の予定もないことを知っている。


「わたしもいい相手が見つかればと思ってるんですけど、なかなか……」
「樫間さんならきっといい人に巡り会えますよ。わたしが男なら、絶対、樫間さんと結婚しますよ」


 須藤さまは急いで慰めの言葉を口にした。わたしが行き遅れた憐れな存在ではないことを必死に説明しようとしている。今どき三十歳を過ぎて結婚する人など珍しくもないが少なくとも須藤さまの定義ではわたしは婚期を逃した気の毒な女性となっていた。


「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄です」


 慎ましく笑うと、須藤さまはほっとなる。けれどその唇が優越感に緩むのをわたしは見た。須藤さまが意地の悪い方というわけではない。ただわたしは須藤さまが気持ち良くなる言葉を選んだだけだ。須藤さまは自分より下の女性がいることに安堵し、そしてまた婚活に精を出す。つまり、またこのサロンを利用してくれるお客様となるのだ。

 気持ちを切り替えた須藤さまは元の色を取り戻し、保湿液を塗った爪を満足そうに見やり、さっぱりした顔でお店を後にした。