「お母さんね、やっぱりあの万年筆がいいと思うの。予算オーバーにはこの際、目をつぶりましょう」
珍しく太っ腹な判断に、わたしは苦笑した。母の視線は緑川さんに向いた。
「……で、この方が社販で売ってくれるって言ってた方かしら……」
緑川さんは頷いた。
「はい。樫間さんにはいつもお世話になっていますので、サービスさせていただきます」
すると母は緑川さんをじっと見つめた。
「……二人はどういう知り合いなのかしら?」
「え?」
「ただの職場関係の知り合いに、わざわざこんな高価なものを格安で売ってくれる人っているのかしら」
母の指摘は鋭かった。わたしは焦って否定した。
「やだな、お母さん、変なこと言わないでよ。緑川さんに失礼よ。第一、釣り合うわけないでしょう?」
立ち聞きした話に間違いがなければ、緑川さんは千海ホールディングスの御曹司だ。わたしなんかがふさわしいわけがない。
「あら、緑川さんと言ったかしら? あなたのお考えを聞かせてくださらないかしら」
母はまるで借金の取り立てに来たような勢いで、緑川さんに迫った。緑川さんはにこりと笑った。
「樫間さんは素敵な女性だと思っています。けれど、今はただそれだけです。特別な関係ではありません」
「本当に?」
「本当です」
どこか鬼気迫る母の行動に、さすがの緑川さんも若干引いている。
「……嘘はついてません」
