笑いながらぺこりとお辞儀すると、緑川さんがゆったりとほほ笑んだ。


「初めてですね」

「え?」

「樫間さんがそんな笑顔をぼくに見せてくれるなんて。いつもはハブを警戒するマングースみたいだったのに」


 それはあなたがかっこよすぎてその笑顔を胡散臭く思っていたからです、とはさすがに言えなかった。


「こんなときに意地の悪いこと言わないでください!」


 むくれたわたしの顔を見て緑川さんは愉快そうに笑った。わたしは会話を切り替えた。


「それより、この間、庇っていただいたお礼をしたいって店長と話していたんですけど、何か希望はありますか?」


 わざわざ緑川さんの要望を尋ねながらも、きっとお礼はいらないと断られると思っていた。なんだかんだと基本謙虚な人だとわかっていた。けれど違った。


「じゃあ、ひとつだけ、お願いが」

「わたしにで、できることなら」

「そんなに難しいことじゃありません。――今度、ヴォーグを予約したいんですが、いいですか?」

「え、そんなことでいいんですか?」

「ええ。あなたに頼むと恋が叶うと聞きました。――だから樫間さんにお願いしたいんです」

「あんなのデマです!」

「それでもいいんです。その日だけ樫間さんのお時間をいただいてもいいですか?」

「……は、はい……。わたしでよければ……」


 なんだかもったいぶったような台詞回しが気になりつつも、わたしは承諾した。