紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています

 店長は、ぺこぺこしながら店の中へと水谷社長を招き入れた。視察を終えるのには五分もかからなかった。水谷社長は、「店の内装が安っぽい」とか「馬鹿な女が好きそう」だとか、いろいろしゃべり続けた。わたしが準備したお茶を飲むこともなく、店から出てきた。カウンターに並んだわたしと小沢さんを見ると、ふっと鼻でせせら笑った。


「冴えない女どもだね」


 美意識の高い小沢さんがむっとするのを感じた。水谷社長は、ヴォーグの看板を見ながら言った。


「ま、こういう店でもうちの会社の客寄せパンダにはなるんじゃない? 売り上げもそこそこ安定し
てるしね。みなさんご苦労さま」


 終始馬鹿にしきった口調に、わたしの中で何かが切れた。


「いくらなんでも失礼ではありませんか」


 立ち去りかけた水谷社長が振り返る。わたしは射るような視線を水谷社長に向けた。 


「みな誇りをもってこの仕事をしています。この店は客寄せパンダではありません」


 水谷社長が眉間に皺を寄せながら訊いた。


「お前、誰だ?」


 わたしは怒りのあまり小刻みに震える両手を重ね合わせながら、堂々と答えた。


「ネイリストの樫間紫です」

「生意気な女だね。この店は社員の教育もできてないわけ?」

「も、申し訳ございません。ほら、樫間さんも謝って!」

 嫌ですと言いかけたけど、店長に無理やり頭を抑えつけられる。抵抗するわたしに店長は重ねて言った。


「ほら、早く謝って!」


 店長の必死の眼差しに、はっと我に返る。

 ようやく冷静さを取り戻したわたしは、小声で言った。


「……すみませ……」