紳士な御曹司の淫らなキス~契約妻なのに夫が完璧すぎて困っています

 土曜日、最初のお客は、須藤さまだった。


「樫間さん、聞いてくださいよ。ようやく運命の人と出会ったんです!」

「それはおめでとうございます」

「だから今日は気合を入れにきたんです!」

 個室に案内された須藤さまは、スツールに座り、アームレストに腕を置くと勢いよくしゃべりだす。


「趣味も合うし話も合うしカッコいいし、もう最高なんです!」


 わたしは相槌を打ちながら道具の準備をする。


「向こうもわたしと同じ気持ちみたいで、今日会いたいって言われて、急いでここに来たんです」


 須藤さまはいつになくはしゃいでいた。


「今日は夏っぽいおしゃれなネイルをお願いします!」

「承知しました。――うまくいくといいですね」

「はい」

 とはいえ、須藤さまの婚活はネットを通じてのものなので心配になる。二人はまだ会ったことがないはずだ。メールのやり取りのあとに実際に会って、この人ならと思える相手に出会ったと須藤さまの口から一度も聞いたことがない。

 下処理をして爪にジェルネイルを塗り、ラインストーンを乗せてデコレーションしていく。今の須藤さまの気持ちを表現する。

「もし結婚することになったら、そのときはネイルは樫間さんにお願いしていいですか?」

「……ありがたいお話なのですが、結婚式場にも専属のネイリストがいることがありますので……」

「そんなものなんですか?」

「はい。だから、その時は須藤さまの好きにしてください」

「そっかぁ。どうしようかな? でも樫間さんにはいつもお世話になっているし……」

 須藤さまは一人でそわそわしている。頭の中には結婚の二文字しかないようだ。いくらなんでも気が早すぎる。


「じゃあ、頑張ってきますね!」


 施術を終えると、わたしは一抹の不安を残しつつ須藤さまを見送った。