白金のマンションに戻り、明日から仕事というとき、わたしがお風呂から上がると、先にお風呂を済ませた薫さんが言った。


「紫さん。まだ髪が乾いてませんよ。そのまま寝たら風邪を引きます。――怪我した指が痛いんでしょう?」


 わたしは実家で家事をしていたときに突き指をしていた。薫さんはそのことを言っているのだ。たしかのこの指では、うまくドライヤーを当てられなくて困っていた。明日は仕事なので無理はしたくないと思って、諦めていたのだ。


「ドライヤーを持ってきますから、そこに座ってください」


 わたしは、ラグマットを敷いた床に座り込むと、薫さんが洗面所からドライヤーを持って現れた。コンセントをさすと、わたしの真後ろにあるソファに腰かけた。スイッチを入れ、わたしの髪に熱風を当て始めた。肩甲骨まであるわたしの髪を梳きながら、水分を吹き飛ばしていく。ときどき薫さんの指が背中や首筋にあたるのでどぎまぎしてしまう。


「……きれいな首筋ですね」

「え?」


 振り返ると、薫さんの手が頬に手が添えられる。

 薫さんの顔がゆっくりと近づいてくる。胸の奥から期待がこみ上げてくる。思わず目を閉じると、吐息が顔にかかった。

 だがわたしは大切なことを思い出し、急いで、顔を上げて言った。


「薫さんに大切な話があります」

「なんですか?」


 ソファの上で向き合うと、わたしは意を決して言った。


「うちの父は読書と仕事が生き甲斐なんです。仕事がまともにできなくなったらきっと落ち込むと思います。だから、その父に新しい生き甲斐を作ってあげられたらと思ったんです」


 薫さんは黙って耳を傾けている。


「つまり、その……」


 薫さんが静かに言った。


「子供のことですか?」

「は、はい。……こんな勝手な理由ですみません」

 すると薫さんがわたしに軽く口づけた。


「立派な理由じゃないですか。ぼくは大歓迎ですよ、子供を作るのは」

「……本当に?」

「というか、結婚を申し込んだときから、早い段階でそういう話になるだろうなとは思っていまし
た。だって、娘のウェディングドレス姿を見た親が次に何を望むか、考えるまでもないでしょう? あなたが謝る必要はありません」

「……薫さん」


 こんな風にわたしが悩んだり迷ったりしたとき、薫さんはいつも優しく受け止めてくれる。

 薫さんはわたしのこめかみにキスを落とした。


「どうします? 今夜からでも始めますか?」


 耳元で艶っぽい声で囁かれて、わたしはどきりとした。いつもの五割増しで薫さんの色気が増しているので、わたしは緊張してしまう。恥ずかしくて背を向けていると、後ろから薫さんに抱きしめられ、臓が早鐘を打つ。薫さんの手がわたしの着ているパーカーのジッパーを下ろしている間、唇で幾度も首筋を吸い、残った手でわたしの素肌を探り出す。快楽の予感にわたしは背筋を震わせた。