木下 咲の話

 私、ずっと好きな人がいたんですね。7回告ったの。ほら、私ってちょっと他の子よりは整った顔の造形してるでしょ?だからモテるって思われてるの。彼氏いたことないって言うと、嘘でしょ?って言われるの。嘘でしょ?その顔で彼氏いなかったとかきっと性格が問題なのね。あー、変わってるもんね。しょうがないよね。って思ってるの。みんなみーんな。そうやって私のことどっかで嘲ってるんだ。あ、先生もそう思った?私、彼氏いたことないだけじゃなくて、告白されたこともないよ。何でだろうね。私の魅力に気づかないなんて、やっぱり私の周りには凡人しかいないんだなぁって気づくわけよ。ほら、今まで生きてた中で私だけが特別で、他はみんな凡人だなって気づく瞬間って要所要所に散りばめられてるわけ。でもね、私ね、自信あるの。たぶん先生、私のこと好きになるよ。先生のこと特別だって感じるもん。何でかって?例えばさー、何者にもなれなかった人がいたとするじゃん?自分だけが特別だと思ってたけど、歳重ねるにつれてあれ?なんか違うなって感じちゃうみたいな。あ、私は違うよ?これ私の事言ってるわけじゃないからね?ほら、私は特別だから。で、その人が、私にとって特別な人になるわけ。元特別な人が私にとって特別なの。よくわからない?あ、気づいてたと思うけど、それ先生のことだよ。先生ってさ、昔、自分のこと特別だって思ってたでしょ?で、だんだん周りと比べて、自分、そうでもないなってわかっちゃったタイプでしょ?
うん。わかる。そうだよね。
だから私、まとめると、先生のこと本気で好きなんだ。え、全然まとまってないって?うふふ
なんか面白いね。
こんなに長く先生と喋ったのって初めてかも。え?相談室で話さないかって?あーここ人来るかもだもんね。てか相談室って借りられるんだ。初めて知った。なんで死のうとする前に相談しなかったのかとか馬鹿な質問しないでね。まあ、先生はそんなこと聞かないと思うけどさ。


坂本 晴彦の話

 この子が好きだ。本気で思った。この子の首を絞めてみたいと思った。どんな思いで死んでゆくのだろうか。こんなやつに関わらなければよかった。こいつ、やばいやつだったのか。それとも、ありがとう?あ、ありがとうって言われたい。この子の首を絞めて殺す直前、ありがとうって言われたい。絶対言われたい。言われたい。言われたい。
「先生、ありがとう」
笑顔で泣いて綺麗に死んでいく彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
俺は昔、自分が特別だと思っていた。小学校の図工の時間、いつも褒められるのは俺だった。
みんなと違う感性で様々なものを作り上げた。
俺は工作、美術にどハマりした。中学に上がる頃には全国大会で入賞した。雨降る日に、蝶が羽化する絵だった。俺は頭の中で殺した。羽化したばかりの蝶をこの手でぐちゃっと。綺麗だった。
その後は、自分の欲を抑えるのに必死だった。俺は唐突に数学にハマった。壊す過程が簡単に想像できない数学は俺にとって修行のようで心が落ち着いた。高校に上がる頃には、高校数学を全てやり終えていた。みんなに褒められまくる人生。俺の10代はマジックアワーだった。
大学に入って美春と出会った。キャンパスの中で1番美人だと言われていた彼女を落とせるのは、俺だけだと謎の確信があった。結果、その確信は当たっていた。俺は美春と卒業後すぐに結婚した。
こいつだけを一生愛すと誓った。
とでも言うと思ったか?全然好きじゃなかった。むしろ嫌いだった。嫌いな人ほど破壊するときの罪悪感が少なくて気軽に殺すことができる。妄想するのが楽だったからだ。俺は日々美春を殺した。
「晴くんおはよう」
美春の後頭部に石を投げつける。
「晴くん、明日休みだけどどっか行く?」
美春の足を捻じ曲げる
「晴くん、あいしてる」
美春の腹部に向かってジリジリと刃物を挿し入れていく。
もっと苦しめもっと壊れろ。
毎日が楽しかった。死んだ!死んだ!今日も死んだ!
なんだか顔色が良くなったねと言われた。
最高な日々だった。だからこそ早く終わらせなくてはいけないと思った。結婚して8年で俺は離婚した。
俺は一生幸せにはなってはいけない人種だ。

なあ、俺は思う。木下はまだ大丈夫なんだよ。死ななくていいんだよ。ていうか死ぬな。俺が殺したい。だからそれまで幸せになってくれ。頼む。