木下 咲の話

 今日、もしこの扉出るまでに誰かに止められなかったら死のうと思ってたんです。だって生きてる意味ないから。えへへ
そしたら、そしたらね、先生、いたんですよ。どうしたの木下?って聞いてきたんですよ。私、ああ何で何だろって思ったんです。なんでこんなタイミングなんだろって。よりによって坂本先生なんだろって。日比野先生なら良かったのに。もしね、日比野先生が止めてきたら、それは1人にカウントなんてしないでそのまま飛び出してました。
え?何でだって?だってあの人すごい太ってるじゃないですか。人間じゃないですよ。アザラシ。トドじゃなくて?うん。アザラシです。だって体脂肪率すごそうだもん。
で、何の話でしたっけ?私が何で死のうとしたかって?
それはですね、あ、それより私、先生のこと大好きなんですよ。知ってましたよね?
バレンタイン、チョコあげてるの私だけでしたもんね。
先生が甘すぎるチョコあんまり好きじゃないって知ってたから、ちゃんとビターにしたんですよ。気がきく?私気がきく?でしょ?
え?何でビターが好きだって知ってるのかって?先生のTwitterに書いてあったじゃないですか。
なんでTwitterとか知ってるのって?そんなの簡単ですよ。日比野先生本名でTwitterやってるもん。そこから辿ってった。くだらないことばっか書いてるあんなTwitter、日比野先生もよくフォローしてますね。
フォロー欄に安野カリナがいたからすぐ先生だってわかりました。先生がいつも持ってるシャーペン、彼女のツアーグッズですよね。調べたらすぐ出てきました。
先生の下の名前、晴彦だからひこにゃん?単純ですね。ゆるキャラですか?そのふざけた名前。
先生って面白いですね。うふふ
だから知ってるんですよ。先生のこと色々。
あ、私小さい頃親殺して生まれてきたんです。よくあるやつですよね。母体を優先しますか?ってやつ。うちの親、馬鹿だから私を優先したんですよね。そういうことです。そういうことなんです昔から。
私は日々何か誰かの大切なものを殺しながら生きてるんです。それってすごい疲れることですよ。
先生の情報集めるでしょ?そのことを先生に言うでしょ?先生怖がる。
私、今先生の安らぎと安心感殺した!やった!って
罪悪感?そんなのありませんよ。なんでですか?
なんでか?えーっと、なんでなんだろ。
よくわかんない。えへへ
で、なんで死のうとしたかって?もうしつこいなあ。
疲れたんですよ。
何者にもなれない自分に。疲れたんです。
だから受験の前に死のっかなって。
だって受験とかだるいじゃん。今、道路でて。あ、雨降ってるのがちょっと残念だけどね?
車、飛び込んじゃおっかなって。



坂本 晴彦の話

 いつも自分に懐いている生徒が何やら外に出ようとしている。今、授業中だろ。
入学して2週間後くらいから気づいていた。あ、これ自分気に入られてるな、と。勘弁してほしい。
正直言って惹かれてしまっていたからだ。彼女に。
危うい細い腕。友達とはしゃいでいる時に見せる少し潤んだ瞳。ぎゅっと抱きしめたらそのまま死にそうだと思った。そう考えたら、自分の手で抱きしめてみたくなった。
昔から自分に破壊衝動があることには気づいていた。
小学四年生夏、蝉の抜け殻を自分の手で潰した。あの快感は今でも忘れられない。すごく興奮した。
それから色々なものを破壊した。1番好きなのは、蟻の行列を1匹ずつ潰していくとき。
ぷちっ、ぷちっ、ぷちぷちっ。
命が一つっふたーつっ3つ!よっしゃ
おれ、殺してる!殺してる。殺してる。殺されたくない。死にたくない。
何故か俺は、自分が何かを壊すたびに快感と同時に死に対する恐怖を覚えた。怖い怖い怖い怖い。誰か助けてくれ。


木下は、常に何かを殺して生きてるのか。俺の生き方に似てる。そう思った。