昼食を取ったカフェのドアを開けると、店員が待っていとばかりに走ってきた。

「お忘れ物ですか?」

「ああ…… 財布を落としたみたいで……」


「こちらですね」

 店員は、カウンターの奥から黒い長財布を丁寧に差し出してくれた。


「はい。ありがとうございます。どこでこれを?」


「ええ。店の外に落ちていたと、あちらに座っていたお客様が届けて下さったんです」


 店員が指をさしたのは、さっきの表情がよく動く女性の席だった。
 
 こういう場合はどうするのだろか? いつも秘書まかせだったことを悔やんでも仕方ない。


「その方の連絡先は分かりますか?」

「はい。名刺を頂いております」

 店員から一枚の名刺を受け取った。お礼をした方がいいのだろうか?

「あの、こういう場合はお礼に伺った方がいいのですかね?」

 恥を忍んで、店員に聞いてみた。

「そうですね。交番に届けて頂いた時などは、お礼しますね。大事な物であれば、お気持ちだけはお伝えした方が良いかと思います」
 
 店員の言葉にしばし考える。


「わかりました。このクリニックは、ここからどのくらいかかりますか?」

「そうですね。駅の近くですから、車で十分ほどかと」


 お礼に行った方がよいのだろう。小さく息を吐いた。

 レジ横のガラスケースには、種類多くタルトが並んでいる。この辺りの店は知らない。それに、奥から新たなタルトが出てきたとこを見ると、きっと売れ行きも良いのだろう。


「タルトを五十個、包で下さい」

「五十個ですか?」

 店員が驚いたように目を開いた。お礼にしては少ないのか?

「お礼は、もっと多い方が?」

 目をぱちくりさせた店員に確認する。


「いえ、十分だと思います……」


 せっせと箱詰めをする店員の姿に、世の中にはよく分からない事が多いものだと首を傾げた。