店を出ると、良太が笑いだした。

「さすが姉ちゃん。あん目で睨まれりゃ、怖くて逃げたくなるよな」

「もう、人をなんだと思っているのよ! それに、あんた何でそんな恰好しているのよ。新しいスーツじゃない?」


「あーごめん。おっさんに頼まれて着ているだけだよ。俺、友達と待ち合わせしているから行くわ」

 良太が、手を振って行ってしまった。

「ちょ、ちょっと良太! 私、今日来るって言ったよね? なんで友達と約束しているのよ!」

 大通りを駆け抜けてい行く良太の背中に向かって叫んだが、振り向きもしない。

 道端に彼と二人取り残された。

 彼と顔を見合わせたら、さっきのバーの事を思い出して、なんだか笑えて来てしまった。よくもまあ、あんな適当なセリフが事言えたもんだ。気付いたら彼も声を出して笑っていた。


「さあ、秘書さん。私は何処へ連れていかれるのですかね?」

 彼が笑いながら言った。

「社長、こちらへどうぞ」


 私は、彼の一歩前を歩き、コインパーキングへと向かった。白い小さな軽自動車の、後ろのドアを開けた。私のお気に入りの車だ。


「これ?」

 彼が、立ち止まった。

「はい」

 私が笑顔で返事をすると、

「うー。今夜は、前に乗りたい気分だ」


 彼は、助手席のドアを開けると、勝手に車に乗り込んでしまった。
 仕方なく私も、運転席へ座った。

「俺の会社も、えらく小さくなったもんだ」

 彼が、笑いながら嫌みたっぷりに言う。

「嫌なら、本物の秘書の方を呼んだらどうですか?」

「嫌だとは言っていない」

 とっとと家に送り届けよう。良く考えれば、何故私が彼を送り届けなければならないんだ?


「社長、ご自宅はどちらで?」

「はっ? 秘書なのに、自宅も知らないのか?」

「はい。存じあげません」

 知る訳などない。文句の一つも言ってやりたいが、グダグダやっていても仕方ない。


「べつに、急いで帰らなくてもいい」

「いえ、お帰りください」

「なぜ?」

 彼は、助手席から首を傾げてこちらを見た。
 うわっー。 この男、こんな表情もするんだ。