「…… えっ?」

 今、何て言った?


 良太の顔を見たまま、俺の足の動きが止まった。

「おい、危ないぞ!」

 
 良太が、駆け寄ってしきてランニングマシーンを停止すると同時に、俺の身体を支えた。近くのソファーになだれ込むように座り、俺の手にペットボトルの水を握らせた。

「しっかりしてくれ。水飲んで」


 思考が動き出さない。
 結婚している? 
 誰がそんな事言った? 
 そもそも何故俺は、彼女が独身だと思ったんだ。
 そうだ。俺は彼女の事を何も知らない。

 やっとの思いでペットボトルのキャップを外すと、口の中に流し込んだ。


「結婚してたのか?」


 全身の力が抜け落ちた。誰かもっと早く教えてくれれば良かったのに。泣きそうになるのを、堪えるのに必死だ。


「離婚したけどな。十年も前の話だ」

「うん?」

 ペットボトルが手から落ちて、床に転がって行った。

 やばい、混乱している。
 結婚と離婚の文字が、頭の中でブツカリあっている。


「俺が言ったっていうなよ。姉ちゃん二十五歳の時に一度結婚したんだよ。だけど、三か月で離婚した」


「それを早く言え。ちゃんと順序立てて話せよ。でも、どうしてだ? お前が邪魔したのか?」


「俺はそんなガキじゃない。相手の男とも仲良くやっていたし、可愛げのあるよく出来た少年だった」

 良太は、遠くを見つめて言った。
 なぜか分からないが、その頭をひっぱたきたい。


「じゃあ、なぜ別れたんだ」

「そりゃ、あの姉ちゃんの性格だぞ。そう簡単にはいかないよ」

 良太は、首を横に振った。

「そんなに、大変だったのか?」


「まあな…… でもなあ、姉ちゃん自分の感情を押さえて我慢しちゃうところがあるんだよな。だから、ため込んで爆発する。結婚というのは、難しいものだよ」

 良太は、一人で納得して頷いた。

 姉ちゃんが離婚した時、お前はいくつだったんだと聞きたい……