「やばっ! 物欲しそうな顔しちゃったよ」

 紙袋を覗きながら声を上げた。


「恥ずかしい。視線がずっと紙袋でしたよ」

 あかねが呆れたような声をして近づいてくる。


「えらくいい男が来ておったね」

 看護師の安子さんがひょっこり顔を出した。精神科の病院で定年まで働き、今はこのクリニックを手伝いに来てくれている。

「かっこいい人でしたけど、なんか怖そうでしたね」

あかねが、一緒に紙袋を覗きこんだ。中には予想通り、タルトが数多く並んでいた。次から次へと箱が出て来る。こんなに沢山? やっぱりあの財布、大金は入っていたんだな。


「それにしても、凄い量ですね? どれだけ大きな財布拾ったんですか?」あかねが、両手にタルトをもって言った。


「一億はあった。食べよう食べよう! コーヒー淹れるよ!」


 私の声に、あちらこちらから人が出てきた。

「何騒いでるの? うわっ、何この数のタルト!」

 医院長の春日凛香(かすがりんか)が、大きな伸びをしながらテーブルに座る。

 スマホ片手に出てきた、ソーシャルワーカーの吉川薫(よしかわかおる)

 大量のファイルをテーブルに置く、ベテラン看護師、南田涼子(みなみだりょうこ)

 遠慮がちにコーヒーを並べてくれる、新人の作業療法士、水谷美奈(みずたにみな)


 田舎の町の小さなクリニックだが、専門職が揃っていて、診療だけでなく、デイケアにカウンセリングと手厚いサポートが出来るクリニックだと、わざわざ遠くから通ってくる患者さんも居る。小さな建物だが空間の多く、あちらこちらに観葉植物で緑が多い、落ち着いた雰囲気のクリニックだ。


 ミーティングしながら口に運んだ、ほどよい甘さのタルトに、ほっと心が軽くなった気がして、思わず笑みをもらしてしまった。