だがある日、千秋は自分に起こった異変に気付いてしまった。月のものが暫く来ていないのである。微熱続きで兎に角眠く、暇さえあればうとうとしてしまう。もしやと思い、章介にバレないようこっそりと検査薬を買いに行った。説明書の通りにチェックしてみると陽性の線。ネットでの情報を参考に期間を開けてもう一度検査してみたが結果は変わらない。真っ先に伝えるべきか、どうしたものか千秋は迷っていた。何故なら章介は出張で家を空けていたからだ。伝えれば千秋を溺愛する彼のことだ、仕事を強引に終わらせて帰ってきかねない。結局彼抜きで産院へ向かうことにして、この日ばかりは真智にもついて来てもらうことになり、彼女はやはり頼れるフェアリーゴッドマザーである。
「本当に伝えなくて良かったの?勝手に行ったって言われるかもしれないわよ。勿論、検査薬が間違いじゃなきゃおめでたいことだけど。」
何となく不安になってしまい、頷くことしか出来ない千秋はまだ膨らみもしない腹を無意識に撫でた。嬉しい筈の一報を伝えなかったことと、素直に喜んでいない自分にどうしても嫌悪してしまうのはホルモンバランスの乱れから来る情緒不安定だろう。
「松比良さん。」
検査を色々と終えた千秋は、無理を言って真智についてきてもらうことにした。一人で聞く自信がないのが情けない。
「おめでとうございます、ご懐妊です。今は6週目、二か月ということになります。次回の予約をしてご帰宅頂いて構いませんよ。」
優しそうな女医さんがそう話してくれた。会計を済ませ、一緒にハンドブックを受け取って手順を確認する。
「とりあえず、おめでとう千秋。良かったじゃない、ダーリンとの子供。」
「うん、良かった――彼、明日帰ってくるからそのときに伝えるよ。」
「そうしなさい。今日は帰ってゆっくり休むこと!また困ったことがあったら呼びなさいよ?」
そう言って真智は千秋を彼女の自宅へ送り届けて帰っていった。
しかし一人になった途端眠いのに眠れない、もし喜んでくれなかったら、そんな不安感が彼女を襲う。絶対にありえないことを想像してしまったりして自己嫌悪するばかりの彼女は何かを食べる気にもなれず、ひとまずベッドへ横になった。まだ目立って存在はわからないが、もうひとつの命がここにある。「おとぎ話」のその先は新たな生命、というものだったらしい。
しかし意外なことに、いつものエンジン音がして外を覗くと帰って来る章介の姿が見えた。いつもより気を付けながら迎えに出ると、一緒に玄関に入った途端に千秋は章介に抱き着いた。不安感に苛まれ、どうしようもなくなっていて、自然と涙が溢れてくる。
「ただいま、千秋さん。そんなに僕に会いたかったの?」
「――はい、会いたくて、ずっと待ってました。」
そう話す彼女は涙声で、章介は彼女を確りと抱きしめた。あやすように背中を一通り撫で、抱き上げてソファまで連れていく。荷物が置き去りだったが、そんなことは今はどうでもいい。
「どうしたんですか?何か悲しい想いでもさせてしまいましたか?」
「いえ、違うんです……。」
千秋は泣きながら答えて、産院から戻ってきたままの荷物を指した。章介は一旦離れて「失礼。」などと言いながら、彼女のバッグを覗いた。そこから現れた冊子に彼は一瞬固まってしまうが、彼のその姿を見た千秋がまた泣き始めたので彼は彼女を抱きしめ直した。
「もしかして、」
「うん、子供――出来ました……二か月目って言われて。」
そう言われた途端に彼は嬉しそうにしながら、未だ泣き止まない彼女をあやし撫でる。
「大丈夫、僕がついてますから――ありがとう、千秋さん。貴女のお陰で僕は父親になることが出来ます。その子だって貴女がお母さんで嬉しいはずですよ。何せ、お姫様と王子の子供として生まれてくるんだから。」
だから泣かないで、と章介は千秋のこめかみに唇を寄せ、またあやすように撫で始める。
「僕、海外育ちだったでしょう。でも、両親は忙しい人で殆ど構ってもらえなかったんです。だから……生まれてくる子には、ちゃんと関わってあげたいと思っています。だって、折角僕達を選んでくれたわけでしょう?喜ばしく幸せに、でも期待しすぎず、貴女と一緒に新しい生命を育てていきたい。」
千秋はだんだんと落ち着いてきたのか、ゆったりと頷いて章介に抱き着き直した。こんなに心強い王子様が居て、何を悩んでいたんだという気さえしてくるのが不思議だ。
「一人の人間を育てるんです、その子が大人になるまで面倒を見て、人格形成もその中でされていくでしょう。だから、僕達が幸せでないと、ね?分かち合うと誓ったあの日から、もしこんな日が来たらずっとこれを伝えるつもりでした。」
そう言った章介は柔和で穏やかな表情を浮かべ、子供に話しかけるように彼女に語りかける。
「ありがとう、章介さん。私も貴方のお陰でお母さんになれます――本当に嬉しいです。」
微笑み合う二人は「おとぎ話」の中の人物だがそれは、それぞれの人物が主人公として描かれる物語だ。もし夢を忘れてしまっても、誰にでも「人生」という「おとぎ話」は紡がれ続ける。それを思い出せるかどうかは、きっと誰が誰に出会い、誰に影響を受けるか。そこから描かれるに違いないのだ。少なくとも彼らは運命の人に出逢い、分かち合い、そしてこれからも紡いでいく、彼らの「おとぎ話」を。
完
「本当に伝えなくて良かったの?勝手に行ったって言われるかもしれないわよ。勿論、検査薬が間違いじゃなきゃおめでたいことだけど。」
何となく不安になってしまい、頷くことしか出来ない千秋はまだ膨らみもしない腹を無意識に撫でた。嬉しい筈の一報を伝えなかったことと、素直に喜んでいない自分にどうしても嫌悪してしまうのはホルモンバランスの乱れから来る情緒不安定だろう。
「松比良さん。」
検査を色々と終えた千秋は、無理を言って真智についてきてもらうことにした。一人で聞く自信がないのが情けない。
「おめでとうございます、ご懐妊です。今は6週目、二か月ということになります。次回の予約をしてご帰宅頂いて構いませんよ。」
優しそうな女医さんがそう話してくれた。会計を済ませ、一緒にハンドブックを受け取って手順を確認する。
「とりあえず、おめでとう千秋。良かったじゃない、ダーリンとの子供。」
「うん、良かった――彼、明日帰ってくるからそのときに伝えるよ。」
「そうしなさい。今日は帰ってゆっくり休むこと!また困ったことがあったら呼びなさいよ?」
そう言って真智は千秋を彼女の自宅へ送り届けて帰っていった。
しかし一人になった途端眠いのに眠れない、もし喜んでくれなかったら、そんな不安感が彼女を襲う。絶対にありえないことを想像してしまったりして自己嫌悪するばかりの彼女は何かを食べる気にもなれず、ひとまずベッドへ横になった。まだ目立って存在はわからないが、もうひとつの命がここにある。「おとぎ話」のその先は新たな生命、というものだったらしい。
しかし意外なことに、いつものエンジン音がして外を覗くと帰って来る章介の姿が見えた。いつもより気を付けながら迎えに出ると、一緒に玄関に入った途端に千秋は章介に抱き着いた。不安感に苛まれ、どうしようもなくなっていて、自然と涙が溢れてくる。
「ただいま、千秋さん。そんなに僕に会いたかったの?」
「――はい、会いたくて、ずっと待ってました。」
そう話す彼女は涙声で、章介は彼女を確りと抱きしめた。あやすように背中を一通り撫で、抱き上げてソファまで連れていく。荷物が置き去りだったが、そんなことは今はどうでもいい。
「どうしたんですか?何か悲しい想いでもさせてしまいましたか?」
「いえ、違うんです……。」
千秋は泣きながら答えて、産院から戻ってきたままの荷物を指した。章介は一旦離れて「失礼。」などと言いながら、彼女のバッグを覗いた。そこから現れた冊子に彼は一瞬固まってしまうが、彼のその姿を見た千秋がまた泣き始めたので彼は彼女を抱きしめ直した。
「もしかして、」
「うん、子供――出来ました……二か月目って言われて。」
そう言われた途端に彼は嬉しそうにしながら、未だ泣き止まない彼女をあやし撫でる。
「大丈夫、僕がついてますから――ありがとう、千秋さん。貴女のお陰で僕は父親になることが出来ます。その子だって貴女がお母さんで嬉しいはずですよ。何せ、お姫様と王子の子供として生まれてくるんだから。」
だから泣かないで、と章介は千秋のこめかみに唇を寄せ、またあやすように撫で始める。
「僕、海外育ちだったでしょう。でも、両親は忙しい人で殆ど構ってもらえなかったんです。だから……生まれてくる子には、ちゃんと関わってあげたいと思っています。だって、折角僕達を選んでくれたわけでしょう?喜ばしく幸せに、でも期待しすぎず、貴女と一緒に新しい生命を育てていきたい。」
千秋はだんだんと落ち着いてきたのか、ゆったりと頷いて章介に抱き着き直した。こんなに心強い王子様が居て、何を悩んでいたんだという気さえしてくるのが不思議だ。
「一人の人間を育てるんです、その子が大人になるまで面倒を見て、人格形成もその中でされていくでしょう。だから、僕達が幸せでないと、ね?分かち合うと誓ったあの日から、もしこんな日が来たらずっとこれを伝えるつもりでした。」
そう言った章介は柔和で穏やかな表情を浮かべ、子供に話しかけるように彼女に語りかける。
「ありがとう、章介さん。私も貴方のお陰でお母さんになれます――本当に嬉しいです。」
微笑み合う二人は「おとぎ話」の中の人物だがそれは、それぞれの人物が主人公として描かれる物語だ。もし夢を忘れてしまっても、誰にでも「人生」という「おとぎ話」は紡がれ続ける。それを思い出せるかどうかは、きっと誰が誰に出会い、誰に影響を受けるか。そこから描かれるに違いないのだ。少なくとも彼らは運命の人に出逢い、分かち合い、そしてこれからも紡いでいく、彼らの「おとぎ話」を。
完
