おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~

 そうして不定期営業のカフェはSNSを通じて開店を知らせたりしながら、時々営業するという無理のないスタイルで続いている。ネット上の評判もよく、数日前の開店日にはお菓子教室「金の靴」の河合先生が遊びに来てくれた。
 新婚生活もまた、滞りなく進んでいて、相変わらず章介は出社の度に花束を買ってくる。そして彼女にはひとつ任されることが増えた。食後のデザート作りである。家事一切何も手をつけなくていいと言っていた彼がそれを任せてくれることになった日に、千秋は嬉しすぎて思わず彼に抱き着いてしまったほどだ。
 「そんなに何かしたかったですか?」
 「当然です!勿論、ありがたいことですし助かりますが……なんだか信用されていないみたいで。」
 「んー、でも千秋さんには苦労したりして欲しくなかったというか。僕の神経質は貴女に関しては働かないようなので、お任せしても良かったんですが――兎に角、僕は僕のお姫様を甘やかしたくて仕方がなかったんですよ。勿論それは今もですけどね。」
 言いながら抱き着いてくる千秋を撫でる章介の手は大きく温かい。
 「そういえば近々、出張があります。今度はロンドンなのですが、一緒に行きませんか?僕の思い出の場所なんかにも案内しますよ。」
 「行きます!」
 章介の思い出の場所とは何処だろうか、などと想像を膨らませる千秋は即答して抱き着く力を強めた。わかりやすい愛情表現に章介は柔和に笑んで、撫でていた手を首元へ添える。最近の合図だ、二人の影が重なって一つになる。間接照明を残して、上を照らしていた電気は消えた。

 トラファルガー広場は平日の昼間だと言うのに様々な人種の人間で賑わっていた。彼の商談が終わるまでホテルで過ごした彼女は、迎えに来た章介に願い出てそこへ来ていたのだ。有名な地下鉄に乗って、チャリングクロス駅まで来たときには圧巻だった。ネイティブのように流暢に現地の人間とイギリス英語を話す彼は正に帰国子女、イギリス育ちである。このハートオブロンドンを中心にバッキンガム宮殿、ビッグベン、そしてナショナルギャラリーなどの名所が広がっているのだ。此処に来れば全て良いとこ取り、というわけだ。ネルソン記念柱を見学するのもそこそこに、ライオンの前で写真を撮ったり、像と同じポーズを撮ったり、観光客そのものといった動きを合わせてしてくれた章介に千秋は感謝するべきだろう。彼にとってこの国は故郷のようなものだ。
 そして二人は広場の真ん中にある美しい噴水に腰かけていた。此処は日本ではないので、他にも寄り添うカップルが居るためあまり周りの目は気にならない。だからといって日本でも気にしているわけではないが、もう少し慎みがあるように感じる。商談を前に来ていたため、滞在は今日一日が最後となり明日には飛行機に乗らなければならない。章介の言っていた、子供の頃の思い出の場所というところへも足を運んだ。既に他の人が入居していて見ることは適わなかったが、観光客の居ないロンドンの一角をデートするというのは趣があってとても良かった。今日は雨が降る様子もない。
 「晴れていて良かったですね。前回は雨のお陰で出会ったようなものですが……。」
 「そう思うと、雨も悪くありませんでした。もしかすると神さまがくれた恵みの雨だったのかも。」
 「僕達に姫と王子の魔法がかかったのもその雨に濡れたからでしょうね。」
 千秋と章介は笑いながらそう言って、快晴の空を眺めた。晴れると意外に陽射しの強いロンドンではサングラス無しに歩くことは難しかったため、途中で購入したのは言うまでもない。このあとはありがちにリッツで夕食を摂る予定になっている。

 イギリスでの新婚旅行もあっという間に過ぎ、季節は初夏になろうとしていた。不定期営業のカフェも順調に経営は進み、今のところ黒字だ。働いている間にも、拘った内装のお陰か、海外に居るような雰囲気を感じられて千秋はその時間が好きだった。変わったことと言えば、カフェの営業中には章介の仕事場が店内になったというところだろう。流石に電話やリモートでの会議の際には家の書斎に帰っているらしいが、パソコンだけを使って済むような仕事は必ずカウンター席の定位置で行われている。時々章介専用パフェを食べながら仕事をしている様子も見られる。そして一人で運営していることもあり、少しだけ接客方法も変えた。ゲストが来て注文を済ませたら、用意が出来次第取りに来てもらうというスタイルだ。特にこれに対して不満が出たりするわけではないし、来てくれるゲストも固定してきたため、あまり不都合はない。二人が仕事を終え、ソファでまったりと過ごすのも相変わらずだ。