何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【後編】

「お母さん…。ただいま…。」

その頃天音は、ジャンヌのお墓に一人で来ていた。

「天音。」

天音の背後から、懐かしい優しいあの声が聞こえてきた。

「…たつ…。」
「ここに来れば、お前に会えると思った。」

天音が振り返り、優しい眼差しで彼を見つめた。
兵士である辰も、おそらく妃のお披露目のあの場にいたのだろう…。

「辰…私…全部思い出したよ…。」

天音の瞳はどこか寂しげに揺れながら、そのお墓だけをじっと見つめていた。
しかし、彼女の瞳は、あの時のように濁った瞳ではなかった。

「そうか…。」
「お母さんが死んだ事も…。」
「ああ。」

そんな天音を辰はじっと見守る。

「辰は優しくて、私のお父さんみたいだった!」

天音は再び振り返り、辰に笑いかけた。
そう、辰は幼い頃から、父親のいなかった天音の傍にいて、いつも遊んでくれていた。
母親のジャンヌに次いで、一緒にいる時間が長かったのは辰だった。

「天音…。」

もう一度天音の笑顔が見れて、辰はホッと胸をなでおろした。

「辰…。私、この国が変わる所を見たい。」

辰は天音がポツリとつぶやいたその言葉に、思わず目を見張る。
あんな風に全てに絶望していた天音が、そんな風に言うなんて…。

「辰、辛かったら言ってね?今度は私が力になるから。だって私は、もうあの頃みたいな子供じゃないもん。」

思いがけない言葉に辰は目を細めた。
(あの天音が、俺の手を握り泣いてたあの子が今は…。)

「ハハハ!聞いたかジャンヌ!あのおてんば娘だった天音がな。」

そう言って、辰が声を上げて嬉しそうに笑った。

「おてんば娘じゃないもん!」

天音は頬をふくらませて、不貞腐れたようにそっぽを向いた。
(やっぱり彼女はあの頃のまんま。)

「その言葉だけ、ありがたくもらっておくよ。でもな、俺はお前に心配されるほど、まだ落ちぶれちゃいないよ。」

辰の優しい瞳が天音を見つめている。

「私はもう子供じゃないよ…。」
「笑わせんな。」

そう言って辰は天音の頭を優しくなでた。
あの頃のように…。

「辰…。」
「じゃあな。」
「城に戻るの…?」

天音が不安そうに尋ねた。

「ああ…。」

(悪いな天音。俺のやるべき事はあそこにある…。)

辰は去って行き、そして天音は一人残された。
母の墓の前に。

「お母さん…。辰も行っちゃったよ。…みんな行っちゃう…城に……。」

ザ―

木々が風に揺れる音だけが、静寂の中に響き渡った。