私、麻倉千歌はマジで冴えない女子中学生だ。
勉強も運動も並。顔のレベルだってブスではないけど特別可愛くもない。
特技もないし、とにかく無個性。
それが、私だ。



「あっ!」

「んー?どうしたの、千歌」
「消しゴム、ない…」
「えぇ〜」

お昼の時間が終わって5限に入ってすぐ、消しゴムが筆箱から消失していたことに気づいて愕然とした。

「どこだろ…!4限の時の家庭科室かな?」
「今日はあたしの貸したげるよ。予備で2個あるから」
「愛華…ありがとう!」

隣の席で親友の西島愛華は、すこし派手な見た目をしてるけどその実真面目で優しい女の子。

少し緩めたリボンタイとボタンを一つ外したカットシャツ。

そして髪色は金髪にピンクのメッシュと…なかなか目を惹く容姿だ。

自由な校風を重んじるここ、成徳学園は髪の色や制服はある程度自由が効くのだ。


「うしろ!もう授業中だぞ、私語は慎むように」


教師の注意が飛んできて、私たちはさっと教科書に目を落とす。

授業が再開し、私はほっと息をついた。
しかし、内心は超超超ビビっていたのだ…。

困ったな…あの消しゴム、もし拾われたりでもしたら…!

だってあの消しゴムには、‘おまじない’がしてあるのに…!!



放課後、部活動がある愛華に帰るふりをして、夕方の校舎で白い四角い消しゴムを探し歩いた。

「見つからない…」

移動教室の廊下も見たし、机も…でも、どこにも私の消しゴムは見当たらない。

誰かが見つけて持って行っちゃったのかな…。


消しゴムに書いた、内緒の《おまじない》…ーー。


誰かが見たら、その効果は無くなってしまう。


恥ずかしいし、絶対に見つけないと…!!し、しぬ…!!(精神的に)


焦りながら、まだ探していない家庭科室の前に来た。

扉に手をかけると、鍵は…かかってない?

誰かいるのかな?家庭科部?

それにしても、やけに静かなような…。


「し、しつれいしまーす…」


恐る恐る扉を開けて中に入る。


その時、開いた窓からぶわっと風が家庭科室を吹き抜けて行った。


私の目の前には、ひらひらと揺れる白いカーテンと

その前には美しい王子様……ーー。


…のような、男子生徒がいた。

「きみ、新入部員?」

「えっ!いや、違います!私は忘れ物を…」

事情を説明しようとした私の目の前に飛び込んだのは、彼の前。

テーブルに置かれた白い消しゴム。

「それ!!消しゴム!!」

男子生徒は突然の大声にびくっと肩を揺らし、あぁと怪訝そうな声を出した。

「これ探してたの?この席の下に落ちてたんだ」

「は、はい!大事なもので…!どうもありがとうございま」

消しゴムに手を伸ばすと、すっと男子生徒が私より先に消しゴムを掴んだ。

か、返してくれない…?

「あ、あの…」

「消しゴムに何かを書くの、やめた方がいいと思うよ」

言われた途端、彼が何を指してるのかがわかった。

一気に顔が赤くなる。

「えっ、あの、それは…中を見たってことでふか…」

噛んだ。
恥ずかしい、終わった、埋まりたい…!

「どんな子が来るのかと思ったけど、キミだったんだ」

クスッと笑われて、体の体温が急激に上がっていく。

「〜っ!消しゴム!拾ってくれてありがとうございました!!」

彼の手から消しゴムを奪取してバタバタと家庭科室を飛び出した。


恥ずかしい…!!絶対見られてた…!!

私の秘密。密かな願い事。

そっと、手の中の消しゴムのケースをずらす。

赤いペンで書いた秘密の《おまじない》。


『脱☆無個性!カワイくなる!』

クラス公認無個性の私が、消しゴムの中にこんなことを書いてるなんて
クラスメイトや愛華からどんな風に思われるか…。

思い上がってる?出来るはずがない?

「恥ずかしい…!!」

いたたまれなさすぎて、廊下の端に座り込む。

それにしてもあの人…家庭科室で何してたんだろう。
家庭科部?なんて、この学園にあったっけ…?


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「《脱☆無個性!》って…なにそれ」

男子生徒は、家庭科室から走り去った千歌の背中を呆れた様子で見送っていた。

「十分個性的に見えるけど」

さっきの反応、思い出しただけで笑える…。

くすっと吐き出しながら、その手にあった編みかけのレースを持ち直した。

ひと編み鎖をつくり、また鎖をつくる。

静寂を取り戻した家庭科室。

揺れるカーテンの中、制服の衣摺れの音だけが聞こえていた。