翌日すぐに、さくらは店長に退店する旨を伝えた。



就職活動を優先させるため。

でも、本音の部分は、もうこれ以上、トシとユカの姿に苦しみたくなかったから。


要は逃げだったのだけど。




それ以来、さくらはトシを徹底的に避け続けた。

もちろん、仕事上必要な会話を交わさなければならない時もあったが、でもなるべく目を合わせないように努めた。


トシも避けられていることはわかっているらしく、特に何か言ってくることはなかった。


だからって、避ければ避けるほど、意識している自分にも気付く。

その度に、さくらはバカバカしくなって、やりきれない気持ちに支配され続けた。




そして、半月後。

さくらの『Rondo』退店日。


元々、週に数日しか出勤しないバイトという身であるさくらなので、最後に馴染み客を集めてどうこうということもなかった。


それでも、帰り際、仲がよかったキャストたちから「頑張ってね」と、エールをもらえた。

キャバクラなんて、と、ずっと思っていたが、思い返せばそれなりに楽しいこともあったから。



最後に大量の酒を飲み、誰もいなくなった薄暗いフロアでひとり、この1年と少しのことを懐古していたら、



「飲み過ぎだろ」


と、背後からの声が。

弾かれたように顔を向けると、近付いてきたのはトシだった。


それまでうな垂れていたさくらは、瞬間、びくりと肩を上げ、それと同時にすごい速さで酔いが引いていくのを感じた。



「な、何よ」


警戒心に声が震える。