トイレで軽く化粧を直し、5卓に向かうと、そこにはすでに酔っ払っている黒川が。



「ずいぶんお久しぶりですね、黒川さま。もう私のことなんて忘れたのかと思ってましたよ」


横に座るなり黒川の肩にしなだれて見せる彩。

黒川はそんな彩の手を取り、猫撫で声を出した。



「仕事が忙しかったんだよ。10日ばかり会えなかっただけで、そう冷たいことを言うなよ」

「あら、そんなこと言って、ほんとは別のお店の子と浮気でもしてたんでしょう?」

「何を言うんだ。俺が愛してるのは彩だけだよ」


くだらないなと彩は思う。

心にもないことを言った分だけ自分の中の何かが失われていく気がするが、しかしそれすら麻痺しすぎてもうよくわからない。



「社長、今日は少し飲み過ぎですよ」


さすがに高槻(たかつき)が口を挟んだ。


黒川の秘書である高槻は、向かいの席に座り、いつも一口も酒を飲まず、こちらで繰り広げられる陳腐なやり取りを、黙ってただ、射るような目で見ているだけ。

秘書だというだけでこんな場にまで付き合わされて、ご苦労なことだと思うけれど。



「お前は黙っていろよ」


まるで興醒めしたとばかりにひどく冷たく言い放った黒川は、しかしすぐにまた彩に猫撫で声を向けてきた。



「彩。シャンパンを頼もうか。どれがいい? 好きなのにするといい」

「わぁ、嬉しい」