自分の身に何が起きているのか、あまりよくわからなかった。
けれど、これがいい状況ではないことだけは理解している。
黒川の見送りすらせず呆然と座ったままだった彩を、異変に気付いた店長が裏に引っ張った。
「おい、彩。どうした? 黒川と何があった?」
詰め寄る店長に、彩はかすれた声で言った。
「『いい加減、俺の女になれ』って」
それだけしか言わなかったのだが、店長はすべてを察したらしい。
沈黙に耐えられず、彩は店長に縋った。
「ねぇ、店長。私、嫌だよ。マクラなんてしたくない。そこまでして稼ぎたいわけじゃない。助けてよ」
しかし店長は、そんな彩の両肩を掴む。
「ガキくせぇこと言ってんじゃねぇよ。処女でもねぇだろ。目つむってりゃすぐ終わるよ。股開くだけで売上が保てるなら、安いもんだろうがよ」
「でも、私は」
私は、黒川となんか寝たくない。
言いかけたが、遮って店長はさらに言った。
「黒川を失ったら、どうなるかわかるだろ? お前はナンバーワンじゃいられなくなる。そしたら昔に逆戻りだ」
昔に。
「戻れんのか? あんな惨めな生活に。戻れるわけねぇよな? そのために今まで俺らはやってきたんだろ」
強く揺すられる。
そこから自分自身を形成しているものがどんどん崩れていく気がする。
「なぁ、ずっとふたりで頑張ってきたよな? 俺とお前なら、もっともっと上を目指せんだよ。勝たなきゃダメなんだ。なのにこんな程度のことで終わりになんかできねぇだろ。頼むよ、彩」
あまりに必死な店長が、ひどく痛々しく見えた。
だけど彩はその手を振り払えない。
高槻の顔が、もう上手く思い出せなかった。



