師匠(せんせい)いつからそこにいたの?」
「俺がローレルに求婚した時には部屋の外にいたよな?」
「かなり初っ端だね?!」
「……ちっ。気付いてましたか」
「お前ちらちら見えてんだもん」

ローレルはこれまでの会話を思い出すまでもなく、羞恥に頬を染める。
両手で顔を押さえてしゃがみ込んだ。

スタンリーとジェイミーが机から身を乗り出して覗き込み、あらあらと心配気な声を上げ、それでも顔はにやにやしていた。

「ほれローレル。なんか言うことは?」
「……ぅぅ……書類受け取ってってお願いしたのに!」
「ええ? そこ?!」
「もちろん私が責任持って受け取りますよ? ただ、何も現地で大人しく待ってることもないなと。通えば良いですからね」
「転移が出来る人の発想だね〜」
「そうですね」
「頑張ったのに!!」
「ええ、あの頑張りは素敵でした。あまりの可愛さに口から心臓が飛び出るかと」
「あらら、ローレルが色仕掛けで?」
「そうなんですよねぇ……とても良かった」
「へぇ〜? そんなに〜?」
「はい、それはもう」
「惚れた弱みだな」
「いえそれが。そこは差し引いてもなかなかの……」
「もうやめろって! ……ローレル大丈夫?」

横に並んで同じようにしゃがみ込んだアートは、ローレルの背を撫でるようにしている。

「私のローレルさんに触れないでください」
「……はぁ。もう師匠(あんた)黙ってろよ」
「ぅぅ……アートと結婚する……」
「ごめん! ムリ!! 俺死にたくないもん!!」
「……明敏な判断ですよ、アート」
「こうなったら受け入れるしかねぇぞ……てか、もうあきらめろローレル………………って思う人!!」

ローレル以外の全員が挙手している。
特にリンフォードの勢いはもの凄い。
はいはいと手を上げる反動で何度も体が飛び跳ねていた。






新たな王が即位して半年が過ぎた。

城内は落ち着き、地を噛んでしっかりと回る車輪のように着実に前に進み、それは安定しつつもゆっくりと速度を上げている。

城の内部もすっかりと模様替えが済んで、誰のものとも無かった部屋に主ができた。

特に最上層の重臣たちの顔ぶれがほとんど入れ替わったので、天井や柱などの動かせないものを除いて、殆どが様変わりした。

改装の間にリンフォードは城下にある実家の別邸に移り、ローレルもそこへ連行され、今ではそこから王城に通っている。

体制は昔から続く良い部分は残しながらも、新たなものも取り入れられた。
拡大した分、複雑だった指揮命令系統は簡略化された。
何より変わったのは魔術師の地位だった。

奸計を企んだのが魔術師だったとはいえ、それを討ち取ったのもまた魔術師。
新たに設けた役職に、反対の声が上がらなくはなかったが、そもそもが歪んだ体制だったと新王が述べたことで声は次第に小さくなった。

新王の元、騎士と文官と魔術師、それぞれの長が一代限りで家格は関係無く王に次ぐ地位を持つと定められる。

文官の長の座はまだ決定していないが、騎士の長にはグレアム、魔術師の長にはリンフォードが任ぜられた。

王直属の騎士団はスタンリーが団長に、副官はジェイミー。ローレルはそのふたりの補佐として主に事務的な仕事をと命が下る。
これまでの流れがそのままに、役職名がついただけとも言える。

ローレルの立場は曖昧だった。
女性の騎士は今の王城には一人も残っていない。新たに途用があるのかは決まらず、志望者が現れるとは思えないほど悪評は城下にまで広まっている。

それらを払拭すべしとのお達しだが、ローレル自身が自分は騎士であるとはっきり言えなかった。



王城での仕事部屋は、無作為に並べられている。
同職が集中しないよう、各職で連携を取るようにと交互に配置された。
騎士団長の部屋は、並びの真ん中辺りの大部屋。人が集まりやすく、それ故に賑やかで、いつもどこかの誰か、ひとりは必ずお茶を飲んで休憩しているような場所になった。
この部屋の主の性格が分かりやすく現れ、重要な事案がない限りは常に扉が開いている状態だ。

「さぁローレルさん、行きますよ!」
「…………何も聞いてないぞ」

大声で部屋に乱入して来たリンフォードはそうでしたっけと首を傾げる。

「俺は聞いてたぞ、行ってこいローレル」
「なんでお前は知ってるんだ!」

斜め前の席にいるスタンリーに噛み付くと、俺も知ってたと向かい側でジェイミーがへらへらしている。

スタンリーは恭しく勿体ぶった動作で、自分の後ろにある物置の小部屋から一振りの剣を持ってきて、ローレルの目の前に差し出した。

その剣にローレルは息を詰める。
渡されて半分ほど剣を抜いたところで、また鞘に収めてそれを抱きしめた。

「見つけたから研ぎ直しといた」
「術は私が」
「剣帯と鞘は俺とアートで新調したんだ〜」

あの奪還作戦の日に没収されたローレルの剣が返ってきた。
研ぎ直されて剣身は白く光り、自ら付けた傷は消えて、新たに術が施されている。
真新しい皮の鞘と剣帯には揃いの白金の装飾がある。
身に着けろと言われていそいそと剣を佩くと、周囲から誰からともなく拍手が鳴った。

「……みんな……ありがとう。嬉しい……」
「おう、だろうな。ほれ、ローレル。来い」

軽く両腕を開いたスタンリーの前に、素直にローレルは進んでいく。
ぎゅうぎゅう抱きしめられて、背中をばんばん叩かれた。

「スタンリーはもういいです。はい、次は私の番ですよローレルさん」

べりと音が聞こえそうな勢いでスタンリーが剥がされて、くるりとローレルが向きを変えられると、今度はリンフォードが抱きしめる。

なんかちょっと良い光景に、ほうと周囲の人々が感嘆のため息を漏らす。

ありがとうと囁くローレルの声に、貴女の為ならとリンフォードは返事をして、ついでに耳元に口付けた。

「……人目を憚れ」
「ふふふー。もうこのまま行ってきます!」
「ちょっと待て! どこへだ!」
「行けばわかりますよ」

ぐいぐい顎を押されても離れないように、さらに腕に力が入ったリンフォードが声を上げる。

はいはいと手を上げたスタンリーと、見慣れた光景ににやにやしていた大勢に見守られながら、ふたりは転移で姿を消した。





周囲は緑ばかり、踏みしめた足元は柔らかい。

少し離れた場所からは、悶絶の表情の乾涸びた猿が空洞になった目でこっちを見ていた。

「またここか!!」
「ね? すぐに分かったでしょう?」

反対側に居た二人組の男たちがゆっくりと立ち上がる。

見覚えのある顔に、わたわたとしながらローレルはリンフォードから離れた。

「久しぶりだな……元気なようでなにより」
「ぅ……はい、お久しぶりです」

男たちはしばらく離宮の裏手で一緒に過ごした、隣国の軍人だ。

戦陣であった場所は、半年の間に草が蔓延って土が剥き出しだった場所をほとんど覆っている。
二人組はその中からかつて使用していた石組の小さな竃を見つけて火を熾し、それを囲んでリンフォードが到着するのを待っていた。

「お待たせしましたか?」
「いや、我々も少し前に来た。予定通りに来られて、ほっとひと息付いていたところだ」
「そうでしたか、この森はどうですか?」
「ああ、楽しい旅とは言えないな」
「お帰りの時もお気をつけて」
「ご心配痛み入る……では早速だが」
「ですね、この真下です」

リンフォードとローレルが揃って下がると、二人組はその辺で拾った棒や木切で地面を掘り起こした。

すぐに硬いものに行きあたってそれを取り出す。

大人数を転移させるための金属の転移陣。
リンフォードは一切触れることなく、テイリーンの軍人が目の前で盤面に傷を入れて、その小さな板を布に包んだ。

「ではこちらで預からせてもらう」
「ええ、どうぞ」

確かに、とローレルは心中で頷いた。

もともとこうする約束だったのだろう。
目的が済んでしまえば、この陣は隣国にとっての脅威に変わる。

ならそうと先に言っておけと腹立たしいが、それは後からだと自分に言い聞かせて堪えた。

男たちはすぐに火の始末をすると、帰り支度をして大きな荷物を背負う。
今は昼より少し前。暗くなるまでに出来るだけこの森の中心ら外れたいだろう。
魔獣の棲む森だ。気疲れも野営の面倒さも身に染みて分かっているから、リンフォードもどうぞどうぞと見送っている。

後ろ姿と気配が遠のいて、リンフォードはローレルの方に顔を向けた。

「……という用事だったんですけど、言ってませんでした?」
「ませんでしたが?」
「すみませんでした」
「ホントにすみませんと思ってないだろう」
「あ、わかります?」

ローレルはため息を吐き散らかして辺りを見回した。

元々から拓けてはいた場所だったが、設営のために森がふた回りほど後退している。

「ずいぶん木を切り倒したんだな」
「あ、そうか。ローレルさんこの状態は見てないですもんね」
「うん」
「一度来てますけどね」
「そうなのか?」
「寝たままひと晩ここに」

いつの事だったのかすぐに分かって、ローレルはふへと力無く笑う。

乾涸びた猿を見てそうだと思い出す。

「あれに私の名前を付けただろう」
「私じゃありませんよ」
「他にいるか?」
「スタンリーが勝手にそう……」
「ああそう」
「ホントですってば……」

ローレルは魔獣の下で、草に隠れるような小さな花を見つけて、そちらに歩み寄った。
しゃがみ込んで草をかき分ける。

「ちょっと、これ……」
「どうしました? ローレルさん」
「これ、探してた草じゃないか?」
「なんですって?!」

括り付けた魔獣の真下に薬草を見つける。
よく見るとその木を中心に、あちこちに群生していた。

「魔獣の腹の中にこの草の種があったんでしょうか?」
「たまたまだろう?」
「でも半年前には無かったんですよ?」
「ああ、まぁそうか」
「それとも魔獣の死体を栄養源に?」
「それはなんか、ちょっと……嫌だな」

流石に魔獣の真下にある草は摘めないので、周囲のものを全て取り切らないようにぷちぷちと摘んでいく。

「すごいですね、ローレルさん!」
「たくさんあって良かったな」
「違いますよ! ローレルさんが凄いんです!」
「うん?」
「見本を見せたのは一回きり、少しの時間です。しかもあれは花もついて無かったし、何より枯れた標本でした! よく覚えてましたね」
「しつこく特徴を詳細に語ってたぞ」
「覚えててくれたということでしょう? もー。そういうところも大好きです!!」
「ああ、うん」
「ローレルさんの『うん』は『私も』って意み……」
「うるさい」
「ここなら憚かるものがないですね」

しゃがみ込んで草を摘んでいるローレルに、するりと近寄って口付ける。

顔を顰めはしたが、怒らないので何度も繰り返した。

いよいよ怒りそうになる前に、リンフォードはふふと笑って少し離れる。

「……そういえば、転移陣はあと二つあるぞ」
「今日中に行く予定です」
「……………………は?」
「ああ! 久しぶりにその『は?』を聞きました。殺気のこもったローレルさんの『は?』……背筋がぞくぞくします!」

もう一度ローレルに近寄って口付ける。

「先にプロヴァルに行って、それからイーリィズにしましょうね」
「転移でだろ?」
「もちろん」
「魔力は保つのか?」
「んーまぁ、ぎり?」
「大丈夫か?」
「イーリィズに着いたら港町まで出ましょう」
「何かあるのか?」
「海が見えるお宿でゆっくりしましょうね五日ほど」
「なに?」
「それくらいかかるだろうからと許可はもらってあります」
「周到なことだな」
「相手の国が予定通り来なかったらそうなりますよ?」
「あぁ、まぁ、そうか」
「絶対今日に合わせろとは言ってありますけどね」
「その強気はなんなんだ」
「お互いに憂いは無い方がねぇ?」
「転移陣なんて関係無いんだろ?」
「私ほどになるとねぇ?」
「……どうせ思ったようにする」
「その通りです」




リンフォードは立ち上がって手を差し出す。

引っ張りあげて、そのままローレルを抱きしめた。

嬉しそうににっこり笑っている顔には、呆れた顔を返しておく。

「では、参りましょう。ローレルさん」
「はいどうぞ、リンフォードさん」
「あ、そうだ。言っておきますけど」
「……まだなにか?」
「大好きですよ」
「わかってるってば!」




ふたりの姿が消えたあとで、手を振るように小さな花が揺れている。














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お気付きだろうか……ローレルさんは最終話だけしかリンフォードの名前を呼んでいないのを。
※本人の目の前で「」付き※

負けず嫌い?ですね。




というわけで(?!)




本編はこれにて終了でございます。

ここまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!!

皆さまの閲覧のおかげでここまでたどり着けたと感謝申し上げます!!

そして引き続きご愛顧いただけますように、伏してお願い申し上げるものであります……。
次回作でお会いできますよう、いい物語を作るのが恩返しと思い、なお精進して参る所存!!
どうか、これからもよろしくお願いいたします。


なんてことを言いながら。

最後におまけをご用意いたしておりますので、次話も是非ともご覧ください。



お先にこちらでご挨拶をば。

ありがとうございます!!ありがとうございます
!! それではまた!!