姉の彼氏の名前は聖くん。
フルネームは山本聖。

茶髪で、中性的な顔立ちのせいか凄くかっこよくて目立って、身長が高い彼氏。彼は魏神会-ギシンカイ-という暴走族のトップをしていると、姉から聞いた。


「こんばんは、真希ちゃん」

だけどもとても穏やかな表情で笑って、私にも丁寧な挨拶してくる聖くん。笑っている顔も、私にとっては有り得ないぐらいかっこよくて。

本当に暴走族をしてるの?って思わせるほどで。


「···こんばんは」

私がそう言うと、「やっぱ、唯に似て可愛いな」とも言ってくれる。


···おねえちゃんに似て。


「そうでしょ?自慢の妹だよ」

聖くんの横にいるお姉ちゃんが、笑いながら言う。
今日も塾帰りにお姉ちゃんを家まで送ってくれたらしい聖くん。そんな2人と偶然に家の前であったのはつい数秒前のことで。



「上がってく?お母さん喜ぶと思うから」

「いやいいよ。早く帰ってこいって良がうるさい」


良?


「そっか。良くん、ほんと聖のこと好きだね」

「弟みたいなもんだよ。じゃあな、また明日。ばいばい真希ちゃん」

「はい」

「今日もありがとう聖」

「うん」


自慢の姉には、
自慢したいほどのかっこよくて、優しい彼氏がいる。

私が高校1年生になったある日を境に、聖くんは家の中まで入ってくるようになった。聞けば、私が中学の頃夜に塾へ行っていた時にたびたび来ていたらしい。

そんな聖くんをお母さんもお父さんも気に入っている。


暴走族の総長なのに。




───聖くんは男の中の男だ




お父さんが言ったその意味が、全く分からなかった。





────また点数が下がってしまった。


学校で返却されたテストの点数を見ながら、心の中でそんな事をおもう。

私の事を「自慢の妹」と姉は言っていたけれど、全くもってそんな事は無い。




どこまでも優しい姉とは違い、私は自分のことしか考えていない。
どこまでも可愛くて綺麗な姉とは違い、私は決して可愛くない
どこまでも頭がいい姉とは違い、私は白鳥高校に落ちた馬鹿。
性格が良くていい姉とは違い、私はいつも姉が羨ましいと思ってる。

どこまでも、全てが揃っている姉とは違い、

私は全てが中途半端で出来ている。




「真希ちゃん、今回のテスト難しかったね」



前回よりもいい点数を取っている友達が、笑顔で言う。




「そうだね」

私は笑いながら、
テスト用紙をカバンの中にしまった。




学校から一駅先にある繁華街。
そこの本屋でもいつも参考書を買っている。

繁華街だからかそこの本屋の広く、参考書の数は幅広く、私が欲しいと思っている本が置いてあることが多いから。



高校入ってから約半年。

もう電車に乗ることに慣れ、定期を通す。


たくさんの人がいる繁華街は、何だか私の心を落ち着かせた。



これだけの人がいれば、
私は私でいられると思ったから。



「あ」

参考書も買い、もう何もすることが無かったから家に帰ろうと繁華街から駅の方へと向かっている最中だった。

前から歩いてくる柄の悪い集団が、私の顔を見た瞬間「あ」と声を漏らした。

3〜4人ほどの、清光高校の制服を着た人たち。


暴走族の総長をしている聖くんが通っている高校よりも、清光高校はヤバイと言われるぐらい、とんでもない噂が流れている高校名。


なに···?


不意に怖くなり、私は集団を避けてはしの方へよろうとした。


けれども寄れなかったのは、その集団の1人が私の腕を痛いぐらいに掴んだからで。


「なに?どうした」
「いきなり止まんなよ」


突然私の腕を掴んだ男にびっくりしたのか、他の清光の制服をきた男たちは不機嫌そうに立ち止まって。


「ちょっと待て」

私の腕を掴む男は、そんな事を言ってマジマジと私の顔を見てくる。
なに?
私、なんでこんな人たちに絡まれて···。



「やっぱそうだ、お前、市川真希だろ」

市川真希、
私のフルネームを呟いた男は、にやっと笑った。


ほんとなに?

ビクビクする体を抑えながら、顔を下に向けた。


誰、この人。
こんな人知らない。

こんなにも怖そうな顔をして、不良で。
金髪が当たり前のような人に、知り合いなんていない。



「あ?誰だよ」

「市川真希?」

「俺ら先行くぞ」



腕を掴んでくる金髪の男以外、どうやら私のことは知らないらしく、興味無さそうにその場から離れようとして。



「こいつアレだよ、山本聖の女だよ」


そう言った途端、興味無さそうにしていた男達が、こっちに振り向き近づいてくるのが雰囲気で分かった。


山本聖の女?
なにそれ?
私、聖くんの彼女じゃない。
彼女はお姉ちゃんなのに

どうして私が絡まれてるの


「なに言ってんだよ、山本の女の名前、唯だろ」


唯···。
お姉ちゃんの名前まで知っているこの人たちは···。


「だから、その妹」

「はあ?妹?」

「なあそうだろ、お前、市川真希だろ」


下を向く私の腕を、痛いぐらいに掴む男。


助けてと叫ぼうか。
運がいいのか、駅の近くだからか人はたくさんいる。

だから助けてくれる人はいるかもしれない。


「なあ、聞いてんの」


でも、清光高校の生徒に絡まれている私を、助けてくれる勇気がある人がいるとは思えない。
みんな関わりたくないって思うはずだし。



「あいつマジで護衛に力かけてるしな」

「へえー、妹いたのか」

「妹拉致っちゃえば山本出てくんじゃね」

「ってかマジで妹?」

「女の方は拉致れねぇしな」

「ってことで、ちょっと来いよ」


いつの間にか、腕を掴んだいた手は、
私の肩に腕ごと回っていて。


え?
これ、やばくない?
と思った時には遅く、私の体は無理矢理駅から繁華街への方へと向けられていて。


「は、はなしてっ···」

「そういうのいいから」


何がいいって言うんだろう。

この人たちが聖くんの知り合いだということは分かった。

でもどうしてお姉ちゃんが出てくるの?

聖くんの彼女だから?

だからってどうして私がこんなことになってるの?


「や、やめてくださいっ」

「マジでうるせぇ」

「はなして!」


男の力では到底適わない。
引きずられるように歩かされ、繁華街の路地裏へと連れていかれる。
こんな路地裏、来たことない。

今から何が起こるか分からず、ガチガチと歯まで震えてくる私の体は仕方の無いことで。


「やっぱそいつ妹だわ、これに名前書いてる」

「だろ?俺、記憶力良すぎ」


私をスムーズに動かすためか、私のカバンは他の男によって取り上げられ、そのカバンの中に入っていたテストの用紙を見ながらそんな事を言って。


記憶力?

ほんとにどうなってんの···?


連れてこられたのは、路地裏から出た所にある古びた倉庫のような場所だった。

私が逃がさないように肩を掴まれながら、戸惑いなくそこへと入っていく男たちに、また恐怖が襲ってくる。


「よお、なんだその女」

「火種になる女だよ」

「はあ?なんだそれ」


古びた倉庫には10人程の、私を連れてきた人たちのようなガラの悪い人が沢山いて···。


「晃貴さんは?」

「さあ、まだ来てねぇよ」

「んじゃ、徹さんは?」


こうき?
てつ?
誰?


「徹さんなら中にいる」

「そ」


金髪の男は私の肩を掴む力を入れ、奥へと入っていく。

「や、やだっ···」


怖くて怖くて声が小さくなる。
力も入らなくなってくる。


「逆らってんじゃねぇよ」



逃げたくても、
こんな大人数がいる中で逃げられるわけがない。


男が奥の扉の前にたった時、
空いている左手でコンコンと扉をノックして···


「入れ」


扉の奥から低い男の声が聞こえ、その低すぎる声に戸惑いを隠せない私を無視して男は扉のノブに手をかける。


限界だった。
扉をあけた瞬間、男の腕の力が一瞬緩み···

「てめぇっ···」

ドンっと、今出せる精一杯の力で男を押し、
私の足は動き出していた。

震える体。
上手く足が動かない。



「逃げたぞっ、捕まえろ!!」


後ろから声が聞こえた瞬間、
倉庫にいた男たちが一斉にこちらを向いた。


私をここへ連れてきた3人だけではなく、もともと倉庫にいた人たちも、その言葉によって走って逃げ出そうとする私を捕まえるためか、走ってきて。


逃げられないって分かってた。
だって倉庫をでるためには、倉庫の出入口にいる不良の間を通らなければならなかったから。


あっさりと捕まった私は、「やめてっ、離して!!助けて!!」って叫んでいたと思う。


「逃がすわけねぇだろっ、やっと見つけた火種だ」

「意味わかんないっ、誰か助けて!!」

「おい誰か縄持ってこい!」

「ってかこの女、山本の女の妹ってマジ?」

「すげぇなどうやって見つけた?」


ゾロゾロと近づいてくる男たち。
本当に恐怖でしかない。


見ず知らずの怖い人たちに捕まり、平気だっていう方がどうかしてる。
何をされるか分からないのに。

1人の男が何処からか縄のような紐を持って来たのを見た時、パニックは最大級になっていた。


離してぇ!!

そう叫ぼうとした時、


「何の騒ぎだよ?」

という低い声が、倉庫に響いた。
その声は聞いたことのある声だった。


さっき、扉をノックした時、
扉の奥から聞こえてきた低い声。


その声が響いた途端、ザワザワとしていた男達が、一斉に静かになるのが分かった。


「徹さん」


てつ?


現れた男は、有り得ないぐらい眉間にシワを寄せ、銀色に染められた短い髪をたたせ、これ以上見つめられたら石になってしまうんじゃないかってほど、氷のような目つきをしていて。


「なんだこの女」


徹さんと呼ばれた男は、捕まっている私のそばに来て、怖すぎる顔で私を見下ろしてきた。


「山本聖の女の妹です」


そう言ったのは、男が沢山いるせいで誰が言ってるのか分からない。



「山本の?」

そういった徹と呼ばれた男は、
より一層声が低くなった。


「そうです、こいつ使って、やりましょうよ」


私を使う?
何に?
やりましょうって、何をするの?


「舐めてんのか、てめぇらは」


徹は、震える私と、
楽しそうに話している私を連れてきた男を見ながらそう言った。



「え?」

「誰がいつ女を拉致ってこいって言った」

「いや、あの、駅の方で偶然見つけて」


「偶然見つけたからなんだ?」

「いや、その···」


なに···
何がどうなってるの?

私の体を捕まえてくる力が、
だんだん抜けてくるのが分かる。


「どう見てもこの女、関係ねぇだろ」

「でもこの前、晃貴さんが···」

「あ?」

「女でも何でも、火種がほしいって···」


さっきは楽しそうにしていた男は、徹と呼ばれた男に恐る恐るという返事をしていた。


上下の関係。


まさか、自分が怒られると思わなかったのか、少しだけ驚いた表情をしている。


徹は「はぁ···」と、
分かりやすいぐらいのため息をついた。


「離してやれ」

徹の声で、あんなに叫んでも離れてくれなかった手は、すんなりと離れた。


一番怖そうで、何かをしてきそうな人は、
私を助けてくれるみたいで。


「お前、晃貴にすぐ来いって連絡しろ」

「は、はい」


その時、スっと、
鋭い氷のような目が私に向けられた。


「悪かったな」

顔は有り得ないぐらい怖いのに···。


「怪我ねぇか?」


この倉庫内で、唯一のまともな人。


「······はい」

私が未だに震える体をおさえ、小さく呟くと、徹はまたため息をついた。


「後で送らせる、でもちょっと話あるから、中に来てくれるか?」

「······」

「悪いようにはしない」


唯一まともに会話ができる人。


「···はい」


この人は、
この倉庫でのトップなのは何となく分かった。

この人の一声で、ここにいる男達は動くと言うことも。


お姉ちゃんがいる白鳥高校へは行けないけど、決して馬鹿ではないから、逆らってはいけない相手っていうのはなんとなく分かる。