抱きついたより飛びついたという言い方の方が正しいみたいで、私は晃貴の胴体部分に腕をまわし、「おいっ」と晃貴が声を漏らした頃には、晃貴は玄関で尻餅をついていた。


私が飛びついたせいで、受け身がうまく取れなかった晃貴は私と一緒に倒れ込んでしまったけれど。


「真希…だよな?どうした?ってか何が…」

「好き」


私はぎゅっと晃貴にしがみついて呟いた。


「…晃貴が好き」


晃貴の体に力が入ったのが分かった。


背後でガチャンと、扉が閉じる音が聞こえた。

晃貴の顔を見た瞬間、私の心はこんなにも晃貴の事が好きなのだと実感した。普通なら好きになるなんてこと、ありえない相手。

私を拉致し、脅し、犯されて。


「…何…、お前、何言って…」


お姉ちゃんの彼氏である、聖くんの敵で。


顔をあげると、いつもは爽やかな笑顔をして、たまに見せる真剣な顔では無く、

初めて見る戸惑った顔つきの晃貴は…。


私が晃貴の頬を手で覆い、ゆっくりと近づくとますます意味の分からない顔をした。


「キスさせて」

私はそう呟き、まだ戸惑っている晃貴の唇に、自身の唇をあてた。やり方が分からない私はただ押し付けるだけで…。


この態勢が3秒ほど続いたあと、晃貴の体に力が入り、私の肩部分に手を置いた。


「真希っ…!」


そのまま力ずくで私から離れた晃貴は、大きな声を出して、私の顔を見つめてくる。


「意味…分かんねぇ、どうなってんだ」

「私も分かんない」

「は?」

「分からないよ…、晃貴に会いたくて仕方なかった」


「……」

「晃貴が好きなの」


自分自身に言いにかせたように言ったあたしは、顔を下に向けた。
晃貴がどんな顔をしているのかは分かるけど、玄関は薄暗かった。リビングの方から光がこぼれていて。
晃貴は見たこともないロングTシャツを着ていた。




「…好きって俺を?」

「そうだよ」

「真希が?」

「そうだってば」

「…これ、なんかの仕返しか?」

「違うしっ、仕返しなんか…っ」


そんな事しに来たんじゃないと、声を上げた。


そのまま顔をあげると、視界の中に真剣な顔をした晃貴が入ってくる。


「…何で来たんだ」


晃貴がそう呟いた直後、さっきよりも強い力で私を引き剥がしてきた。

何でって…、私が晃貴に会いたかったから。


「もう関わんねぇって言っただろ」

「私もそのつもりだった、だけど晃貴のことが頭から離れないんだもん…」

「帰れ、俺はもう会いたくなかった」



どうしてそんなことを言うの?
晃貴も私のこと好きなんでしょう?


怒っているかのような冷めた口調の晃貴が信じられなかった。


「送るから、今すぐ帰れ、二度と来るな」

どうして?

私を押しのけて立ち上がった晃貴は、未だに座り込んでいる私を無視してリビングの方に向かって。



「晃貴っ」

玄関で靴を脱ぎ、晃貴を追いかけようとしたけれど、それよりも鍵らしきものを持ってきた晃貴に遮られて。
私の腕をつかむと、「靴はけ」と、命令口調で言ってくる。


「なんでっ…?帰らない!私、晃貴に会いたくて…」

「帰れって言ってんだろ!!」


初めてだった。


晃貴は今まで、私に対して怒っている時があってもこんな風に大きな声で怒鳴ったことはなかった。

私の事を睨みつけるような目をしなかった。


「山本側が俺んとこ来るな」

そう言った晃貴の瞳は、とっても冷たかった。

何それ…。
聖くん側?

それを晃貴が言うの?


「意味分かんないしっ、晃貴、あたしの事好きだって言ったよね?」

「…」

「なのに何でそんな事言うの!?」

「…」

「私、覚悟出来てるからっ。もし聖くんが敵になっても、それでも────・・・」

「帰れ」

「晃貴!!」

私を無理矢理外へと放り出し、晃貴自身も外へ出て。


「俺はもうお前に二度と会いたくない」



聞いたこともないぐらいの低い声に、私の言葉は止まった。


晃貴は私を受け入れてくれなかった。

私を好きだと言ったのに。


「…もう、好きじゃない?」


ポツリと小さく呟いた。



「元から好きとか思ったことない」


「じゃあどうして助けてくれたの?」

泉に仕返しをしてくれたんでしょ?
康二がそう言ってたよ。


「帰れよ」

「やだ、帰らない…。私、本当に晃貴の事…」

「…帰れ」

「分かってる、分かってるもん。ダメなことぐらい…」

「真希」

「でもしょうが無いじゃん!晃貴のこと、頭から離れないんだもん!!」

「……」

「普通の生活に戻ろうとしてんのに、全然戻ってくれないっ!」



「好きになっちゃダメって頭の中では分かってる!晃貴が危ないやつってのも分かってる!良くんよりも敵が多いって、またあんな目に合うかもしれないって…分かってる!!!」

「……」

「でも…好きなんだもん…」

「……」

「お願いだから、そばにいてよ……」

「……」


私は晃貴の目を見つめた。


「晃貴がしたいなら、いいよ…。痛いの…キスも…」

「……」

「晃貴の好きにしていいから……」

「……」


「晃貴…」

自分の気持ちをありのまま伝えると、晃貴の目が鋭くなった気がして。
私の腕を掴む晃貴の手が強くなった。



「分かってねぇだろ…」

分かってない?
何が?


「…聖くんのこと?それとも」

あの、泉みたいな事が何回も起きるかもしれないってこと?


「違ぇよ!! なんでそうなるんだよ!! 何でわざわざ自分から危ねぇことに突っ込もうとしてんだよ!?」

「…晃貴?」

「お前、泉のこと忘れたのか?」

「わ、忘れるはずない」

「んじゃこっちに来んなよ!! 危ねぇって分かってるだろ!!」


「分かってるよ…!」

でも、晃貴の事が好きだから…。
危ないってわかってても、晃貴のそばにいる限り、一生付きまとってくる危険という存在。


「今回は助かっただけで、次は死ぬかもしんねぇんだぞ!!それ、分かってんのかよ!!」


死ぬ…?
私が?

晃貴を狙ってくる男に?


「それでもいいっ…」

「良くねぇだろ!!」

「いいってば!」

「ふざけんじゃねぇよ!!」


晃貴の怒鳴り声に、体がビクッと反応した。


「なんで分かんねぇんだよ…、お前を危ない目に合わせたくねぇんだよ」

「…晃貴」

「俺が巻き込んだってのは分かってる、俺が真希を巻き込まなけりゃこんな事にはならなかった」

「……」

「お前を“こっち側”にしたのは俺だ」


私を拉致した康二達の上の人間の晃貴。
その晃貴が私の裸の写真を撮った。

そこから全てが始まった…。
晃貴がいなければ、良が護衛をする事は無かったし、泉に狙われる事も無かった。


「山本達は関係ない、お前を危ない目に合わせたくない。分かってくれよ」


聖くん達は関係ない…。
ということはつまり、私が聖くんたちの敵になるのは問題ではなくて…。
その先のこと。
私が泉の時のような危ない目に…。



でもそれって、私を危ない目に合わせたくないから、一緒にいれないってことでしょう?

だから…


「晃貴って…」

「なんだよ」

「やっぱり私の事好きだよね」


小さく呟いた。

好きだから、そんな事を言うんでしょ?
自分の気持ちを無視してまで…。



「好きじゃねぇ」

「嘘」

「嘘じゃねぇよ」

「嘘だもん、私の事を思ってくれてるからそんな事言うんでしょ」


「頭逝ってんじゃねぇの」

「好きなのに、好き同士なのに、一緒にいれないってのはおかしいよ」

「だからそれはお前を」

「危険な目に合わせたくないからでしょ?」

「……」

「やっぱり私の事すきなんじゃん」

「……」

「…ねぇ、晃貴」


私は私の腕を掴む晃貴の手の上に、自身の手を重ねた。


しばらくの間、沈黙が続く。


もう時刻は真夜中の3時ぐらいだと思う。
私達以外はシーンとしている外。


その中で、「はあ…」と、晃貴の大きなため息が聞こえて。



「好きだよ…、ありえないぐらいお前に惹かれてる」

「え……」

「好きな女を危ない目に合わせたくないってのはおかしいか?」

「晃貴……」

「俺のせいで、もうお前を傷つけたくない」

「……」

「…巻き込んで悪かった」


そう言うと、晃貴はゆっくりと私を引き寄せて…


「晃貴…」

「マジで帰れよ…頼むから」


言葉とは裏腹に、どうしてか私は晃貴の腕の中にいた。


なぜ私は晃貴に抱きしめれているのか。


「やってる事と…言ってること違うよ…」

帰れって言ってるのに…。
晃貴は私を拒否してるのに…。


「ねぇ」

「……」

「晃貴ってば」

「…お前さ」

「え?」

「なんで来たんだよ…」

「なんでって…」


晃貴を忘れられなくて、思わず……


「晃貴の事が好きだから?」

「馬鹿だろ、お前」

「ば、馬鹿じゃないっ、私こう見えても頭いいんだよ。少なくとも晃貴よりは────…」


清光高校に通っている晃貴よりは、頭はいいと思う。


「俺を好きになるって、馬鹿だって言ってんの」

「馬鹿じゃないし!」

「馬鹿だろ」

「なんで今そう言うこと言うの?」

「なんかもう…どうでもいいや」

「どうでもいいって何?」

「真希」

「な、なに?」

「本当に俺でいいのか?」

「え?」

「本当に俺でいいのかって言ってんだよ」


俺でいいって…。



本当に私はどうして晃貴を好きになったんだろう。
初めての相手だから?
何度も体を重ねたから?
好きだと言われたから?
泉から助けてれたから?


「うん」

「真希」

「なに?」

「俺、絶対別れねぇぞ」

「え?」

「付き合ったら、真希が嫌って言っても、絶対離さねぇから」

「……」

「手放す気はない、それでも俺の女になるか?」

「うん、私も手放す気ないから…」


そう言うと、頭上でフッと笑った声が聞こえて。

笑った?
晃貴が?
いま笑うとこ?


そう思って、顔を上にあげた。
上にあげると笑っている晃貴の目が合って。


「やっぱり馬鹿だな」

「ま、またそんな事」

「馬鹿になるわ、俺も」

「…どういう意味?」

「くだらねぇこと考えないで馬鹿になるってこと」


晃貴は優しく呟くと、私の頬に手を添えた。


「だからお前も」

「……」

「俺を好きになるぐらい馬鹿になれ」


馬鹿に……。


晃貴のキスがふってくる。


晃貴は3秒ほどの軽いキスをした後、私を痛いぐらいに抱きしめた。



「好きだ…真希…」


その台詞を聞いて、私も痛いぐらい抱きしめ返した。




その後、晃貴はリビングの中へ私を案内してくれた。
初めて入ったリビングは広々していて、綺麗に片付いていた。

テレビの前には机、机の前にはL字型のソファが並んでいて。
机の上には食べている途中であろうコンビニ弁当が置いてあり、私がここに来るまで晃貴がこのお弁当を食べていたことにすぐに気づいた。



こんな時間に食べてたの?
私が来たのは、多分2時を過ぎていて…

それにコンビニ弁当って…、晃貴、いつもこういうのを食べてるの?


「真希、こっち来い」

「夜ご飯食べてたの?」


ソファに座らせた晃貴は、もう食べる気は無いのか弁当に蓋をして。


「そう」


「こんな時間に?」

「金曜日は向こう行ってるから、帰り遅くなんの」


向こう?
ああ、晃貴のたまり場…。
ということは今日金曜日じゃなかったら、晃貴は寝ていたかもしれないってこと?

今日が金曜日だから、こんな時間でも起きてたんだ…。


「食べないの?」

「また朝に食べるよ」


晃貴は弁当を持つと、それを冷蔵庫の中に入れた。


戻ってきた晃貴は私の横に座り、私の肩に腕をまわした。


久しぶりのその仕草に、私の心臓がドキッと反応して。

「なに緊張してんの?」

「だって…」


晃貴のことが好きだって気づいた今、晃貴にふれられるとドキドキしてくるから。


「そういえばキスもヤんのも、俺の好きにしていいんだっけ?」

「え?」

「さっきそう言ってただろ、真希ちゃん」


そういえばそんな事を言ったような…?
いま思えば、どうしてそんな恥ずかしい事を簡単に言ってたんだろうと思って。


「言ったけど……」

「今更嫌とか、無理だからな」

「わ、分かってる!」



晃貴は笑いながら、私の顔を覗き込んできて。
そのまま晃貴は軽く私にキスをした。



「真希?」

「な、なに?」

「言うわ、山本に」

「……え?」


聖くんに何を?


「お前と付き合うって」


え?

聖くんには内緒にしておくと思っていた私は、晃貴の言ったことに驚いて。


「内緒にしないの?」

「しない、いずれはバレるからな」


まあ、そうだろうけど。



「でも良くんは黙ってろって言ってたよ」

「高島が?」

「うん、晃貴のたまり場にも行くなって…」

「ふーん…、つーかなんで高島が、真希、俺のこと言ったのか?」

「…うん、私、どうすればいいか分からなくて良くんに相談したの。初めは反対されてたんだけど、私の気持ち知ってて反対出来ないって…」

「そうか」

「……」

「まあ高島の言う通りだな、たまり場には来ない方がいい」

「どうして?」

「もう真希の顔は出回ってるから、向こうに出入りしてたらすぐ俺の女だってバレるからな」

「そっか…」


そういえば、清光高校で私の写真が出回ってるって晃貴が言ってた。

「全部言うの?聖くんに」

「かもな」

「…反対されるよね、絶対」

「真希はそんな事考えなくていい、馬鹿になれって言っただろ?」

「でも」

「反対されても、真希の事は手放すつもりは無いから」

「…うん」

「そうか、高島は知ってるのか」

「ん、あのね、晃貴」

「なに?」

「私のお姉ちゃんには絶対言わないでほしいの、心配するから」

「ねーちゃんって、市川唯?」

「うん」

「なんで?」

もし聖くんに言ったら、聖くんはお姉ちゃんに話すだろうか?

お姉ちゃん…。


多分、良が聖くん達に言うなって言ったのは、お姉ちゃんにバレないようにする為だと思うから。

私は晃貴の方へともたれかけた。
そうすると晃貴は私を支えてくれて、「どうした?」と聞いてきて。


「…私、お姉ちゃんと血が繋がってないの」

「え?」

「私元々施設にいたから」

「施設って、子供がいっぱいいるとこ?真希が?」

「うん」


私はゆっくりと、良に言ったように晃貴にもお姉ちゃん…、家族の事を話した。

もう私は晃貴を“信用”しているから。




ゆっくりと話す私を、晃貴は黙って聞いてくれた。

血が繋がってないこと
私が施設にいたこと
そこでお姉ちゃんと仲良くなったこと
両親は男の子が欲しかったこと
高校受験に失敗したこと
本当の姉妹じゃないって言われたこと。

お姉ちゃんに嫌われたら、捨てられるかもしれないってこと。



「────だから、どうしてもお姉ちゃんにバレたくないの」


話を終えると、晃貴は「そうか」と私を引き寄せてきて。


「じゃああの写真を山本に合成だって言ったのも、ねーちゃんにバレたくなかったからか?」

「…うん」

「なるほどな」


晃貴は納得したような顔になり、机の上に置いてあった煙草に手をのばした。


「…なんとなく俺も、お前とねーちゃんに何かあるのかってのは思ってた」

「え?」

気づいてた?
どうして?
私、晃貴にお姉ちゃん関係のことは言ってないのに。

煙草に火をつける晃貴。
どこからどう見ても爽やか少年の晃貴の顔には、やっぱり煙草は似合わなくて…。


「薬でうなされてた時、ずっとねーちゃんって呼んでたから」


そうだった。
確か良にもそんな事を言われてて…。
晃貴の部屋で過ごしていたんだから、晃貴が知っているのは当たり前だ。


「俺が言うのもなんだけど、1回ねーちゃんと喋ってこい」

「お姉ちゃんと?」

「親ともな」

「どうして?」

「真希の親、コンビニ弁当とか買ってくるか?」


コンビニ弁当?
ううん、いつも夜ご飯は作ってくれる。


朝も食パンが用意されていて、お昼もお母さんが手作りお弁当を作ってくれて…。

晃貴の質問に顔を横にふると、晃貴は「じゃあ大丈夫だろ」と呟いて。


「愛されてるよ、真希は」


自分の顔が原因で離婚した晃貴…。
もうしばらく両親とも会ってなくて…。
多分、いつもコンビニ弁当を食べているのだろう。
そういえば晃貴が何かを食べているっていう光景、見たことが無かったかもしれない。


「……ん」

「付き合うの、ねーちゃんに内緒にしても、いずれはバレるぞ。俺が清光の穂高だってこと」


清光の穂高?
お姉ちゃんは晃貴のことを知ってる?

そうだ、元々は晃貴に狙われていることになって、良の護衛が始まったから…。お姉ちゃんは知っているかもしれない。


「結婚する事になったらどうする?」

「けっ…結婚って…」

「手放す気ないから、そうなるだろ」


そうだけど…
まさか晃貴から「結婚」という言葉が出てくるとは思わなくて。晃貴は煙草の火を消すと、「てか…」とつぶやき。


「山本と身内になるって事か?」


まあ、お姉ちゃんが聖くんと結婚したらそうなるかも…


「それってどうなんだ?義理の兄になんのか?」

「嫁の義兄さんじゃないの?」

「なんか複雑だな」

「私もよくわかんない」

「頭いいのに?」

「私は理数派なの!」

「それ関係ねぇだろ」

「まあ」と、晃貴は私の目を見つめ。

「結局は山本に言わねぇとな」

「…うん」

「殴られてくるわ」

「晃貴、殴られるの?」

「そりゃそうだろ」

「……」

「徹にも…、あいつらにも明日、話つけにいく」

徹…
敵の女の妹と付き合う…。
そうか、そうなれば徹にも迷惑がかかるわけで。


「徹さんにも殴られるの?」

「多分な…、ふざけんなぐらい言われんじゃねぇの?」

「…良くんにも?」

「さあ…」

「良くん、怒るかな…、でも良くんは味方してくれるかも……」



私が言うと、晃貴は少し不機嫌な顔をした。


「お前さ?ずっと思ってたけど、高島と仲良くねぇ?あいつ女嫌いだっただろ?」

「え?そうかな?」

「俺とのことも、あいつに相談したんだろ?」


だってそれは、良にしか相談できる相手がいないからで。仕方ないと思うけど·····。


「そうだけど」

「あんま仲良くすんなよ」

「どうして?」

キョトンとする私を、晃貴がソファの上に押し倒してきて。


「俺、結構嫉妬深いの知ってた?」


嫉妬深い?誰が?晃貴?
つまり晃貴が良に嫉妬していて…。



え、ってか、何してるの?

晃貴に足までソファの上に上げられて、押し倒されている私は、近づいてくる晃貴によって瞬く間に唇を塞がれて…。

そうすれば、どうしてか背中にゾクッという何かが走った。

いつもと違うキスの感覚。
久しぶりだから?


今まで無理矢理だったからかもしれない。こうやって深いキスを受け入れて…


「真希…」


しばらく長いキスが続き、晃貴はそのまま私の首筋に顔を埋めて抱きしめてきた。


これまでとは違うキスのせいか、その余韻で思考がままならない私は「ど、どうしたの?」とどもってしまって。


「もう無いと思ってた」

晃貴は私にしか聞こてないぐらいの小さい声で呟いた。


「無いって…」

「もう真希に触れられないって」

「……」

「俺のこと好きとか…夢じゃねぇよな」

「…夢じゃないよ、本当に…、晃貴が好き」


私はそう言って、首元に腕を回して晃貴を抱きしめ返した。



ああ、この匂いだと、今更思い出す。
爽やかなシトラスの香り…。

出会った当初、あんなにも嫌だった晃貴…。



「…真希、顔見せて」


そう言われて、少しだけ腕の力を緩めた。
私の首筋に軽くキスをした晃貴はゆっくりと顔をあげて、真剣な表情で私を見つめてきた。


出会った当初はいつも爽やかに笑ってたのに。


「なに?」


晃貴の手が、私の瞼に触れて。


「目ぇ酷くなったな、寝てなかったのか?」


目?酷い?
そういえば康二にも同じ事を言われたような…。
隈が出来てるとか何とか…


「あんまり自分じゃ自覚ない…」

「結構酷い」

「あんまり考えないようにしてて、ずっと勉強してたからそのせいかも…」

「何を?」


何を?


「襲われた事とか、晃貴の事とか…」

「……」

「まだ泉のことを完璧に忘れたわけじゃない、思い出したらすごく気持ち悪くなるし…」

「……」

「晃貴が好きってことも、考えないようにずっと勉強してたから」

「…そうか」

「……」



晃貴は瞼から手を離すと、そこに軽いキスをして。



「真希?」


優しく私の名前を呼んだ晃貴は…


「もう危ない目に合わせねぇ、絶対俺が守るから」


たびたび見せる、真剣な表情をして。


「マジで大事にする、これまでの事一生かけて償うから」

「…晃貴……」

「好きだよ、マジで好き、ありえねぇぐらい惚れてる」


あまりにも突然の晃貴からの告白に、驚きと嬉しさと、このよく分からない感情に対して涙が零れてきて。


「私も大好き…」

「俺と付き合って」

「…うん……!」


私の言葉に晃貴が笑って、「真希でも泣くんだな」と呟いた。

泣く?
そういえば出会った当初、「泣かない」とか晃貴に言われたような。



「知らなかったの?私、結構涙脆いんだよ」

「俺に抱かれてた時は泣かなかったのに?」

「あれは意地でも泣かないって決めてたのっ」

「真希の泣いてる顔、すげぇ可愛い」

「な、何言ってるの!」

「キスしていい?」

「ダメ!」

「無理、する」

「待って晃貴っ」

「なんで?」

「なんでって…、なんか今日、いつもと違うから…」


「違う?」

「違うっていうか…」

いつもしていたキスより気持ちいいから…。
そのまま口にするのは恥ずかしくて、黙り込む私に、


「あー、俺の愛情こもってるキス、いいってこと?」


なんて言ってくるから。


「あ、愛情って…っ」

「そうじゃねえの?」


そうだけど!


「あれ、背中がゾワゾワしてくるから…」

「気持ちよくて?」

「~~っ、私まだ慣れてないから、ちょっとずつにして!」

「それは無理かも」

「無理って」

「真希ちゃん、知らなかった?俺結構キス魔なんだけど」


「えっ?ちょっ、ちょっと待って!」



戸惑う私に、晃貴はずっと私にキスをしていた。
キス魔と言った晃貴はなかなか離れてくれなくて。


晃貴はキスを繰り返したあと、ようやく離れてくれて。


「可愛いな」

「も、見ないでよ…」

「なんで?見せてよ」

「恥ずかしいからっ…」

「真希ちゃんなんでそんな可愛いわけ?」


可愛いって…

普通に言ってくる晃貴にかなり戸惑ってしまう。

「俺の部屋行くか?」

「晃貴の?」

「マジで寝不足…っつーか、やつれたって顔してるから。ちょっと寝た方がいい」

「でも」

「でも?」

まだこうして晃貴と一緒にいたい。
これからも会えるっていうのはわかっているけど。


「明日文化祭だから…早く起きなくちゃいけないから。今寝ても1時間ぐらいしか寝れないし起きとく」

「文化祭?明日やすみじゃねぇの?」


普通なら土曜日は休みだけど。
文化祭はあるから。


「うん」

「じゃあ尚更だな、送るから家に戻って休んだ方がいい」


家に戻って?


「でも…」

「でも?」


やっぱりまだ晃貴と一緒にいたくて。
離れたくないって思ってしまうから。

そう願いをこめて晃貴を見つめた。


「真希ちゃん、そんなに俺と一緒にいたいの?」


いとも簡単に私の思いが伝わったのか、晃貴はからかうようにそう言って、笑ってくる。


私は恥ずかしくて晃貴から顔を背けて。


「マジで可愛いな、そんなに俺と一緒にいたいんだ」

「も、違うしっ」

「違ぇの?」

「違うっ」

「俺は一緒にいたいけど、真希は違うのか」

「なっ…」


ほんと晃貴は私をからかってくる。
分かってるくせに……。


「もう帰る!」


クスクスと笑う晃貴を押し退けて、ソファから立ち上がろうとする私を「ごめんごめん」と悪びなく言いながら晃貴は私を引き寄せて、背後から抱きしめてきた。

シトラスの匂いが私を包む。


「ごめんって、怒んなよ」


耳元で呟かれ、ドキッとなる私。


「別に怒ってないし」

「俺、真希に何言われても怒らねえ自身ある」

「え?」

「真希だけは俺に何言ってもいいよ」


私だけは?



「例えば?」

「んー、足短いとか?」


足短いって…。
どちらかというと身長の高い晃貴。足が短いとか思ったことなくて…。

なんて言えばいいのか。
晃貴の怒らせるようなこと…。


「晃貴って」

「なに?」

「煙草似合わないと思う」

「煙草?匂いイヤ?」

「匂いは別にいいんだけど…、ただ似合わないなって…」


そこまで言って思い出した。
爽やかなのに、中身は悪魔って言った時、晃貴が怒ったことを。

本当に怒らないのだろうか?

少しだけドキドキしていると、「んじゃ、やめるわ」とポツリと晃貴が呟いて。


「え?」

やめる?
煙草を?
本当に怒らないと言った晃貴は、私を怒らず、挙句の果てには煙草をやめる宣言をして。

煙草って、そんな簡単にやめれるものなの?
ニコチン中毒がどうたらって有名なのに。



「これ以上真希に嫌われたくねぇしな」

これ以上って…。
これ以上私が晃貴を嫌うことがあるのだろうか。



「何言ってもいいの?」

「別れる以外な」

「じゃあ、私、晃貴の黒髪が見てみたい」

「黒?」

「うん、メッシュ入ってないの」

「分かった」

「それから、そうだなあ…」

「まだあんのかよ」

「まだまだあるよ」


クスクスと笑う晃貴に、私も笑い返した。


「私をからかうのはやめて」

「それは無理」

「無理って、別れる以外いいんでしょ?」

「じゃあ別れんのと、からかうの以外」

「そんなこと言ったら、どんどん増えていくけど」

「他は?ある?」

「他は…」


あると言えばあるけれど…。



「さっき…」

「さっき?」

「痛くてもいいって言ったけど、ほんとは嫌で…」

「……」


晃貴がしたいなら、痛くても行為する宣言をしてしまった私。
今更あとから言うのはずるいと思うけれど…。


「晃貴とするのは嫌じゃないの、ほんとに…。でも、痛いのは嫌で…」

「真希」

「ごめんなさい…、さっき痛くてもいいって言ったのに」

「真希って」

「やっぱり怖くて…」

「真希、こっち向け」


突然、後から抱きしめられる力が弱くなったと思ったら、私の顔が横に向いていて。

晃貴の真剣な顔。



「あんなのもう二度としない」

「…晃貴…」

「絶対。マジでしない」

「……」

「もう二度と真希を泣かせねぇから」



そういった晃貴は、ゆっくりと私にキスをしてきて。

私を泣かせない宣言をした晃貴は、しばらくの間私を抱きしめていた。

もう二度と会えないと思っていた晃貴。


馬鹿になるほど、私は晃貴が好きになる。

晃貴は聖くんや徹さんにも全てを話すから…、私も頑張らないと。

逃げないように。

前を向いていかないと。

だって私には晃貴がいるから。

信用できる大好きな晃貴がいるんだから。






その後、晃貴はバイクで私を家まで送ってくれた。
まだまだ夜明けで、家族全員は寝静まっているようだった。



晃貴との別れ際、「連絡する、ちゃんと寝ろよ」と言って帰って行った。






今から徹さんのところに行くんだろうか。
それとも聖くんのとこ?
ううん、良くんかもしれない…。


部屋に戻った私は、ベットに寝転びゆっくりと瞳を閉じた。晃貴と付き合うことになったのがまだ夢みたいで…。このまま起きたら夢だったんじゃないかって思ってしまいそうで。



晃貴が聖くんに全てを話せば、きっと反対させるに決まってる。敵である晃貴に脅されて抱かれたのに。
好きになる方がおかしいって思うはずで。


徹さんも、きっと反対する。

徹さんは私を初めから巻き込まないようにしていたたった一人の人間だから。

聖くんはお姉ちゃんに言うんだろうか。
本当は内緒にしててほしい。
お姉ちゃんには知られたくない。

お姉ちゃんに知られたら、どうして彼氏である聖くんの事を嫌ってる男と?って思われるだろうから。

反対する?

反対しても付き合ってたら、お姉ちゃんは私を嫌うかもしれない。嫌われたら、私はここの家族の一員じゃ無くなるかもしれない。


元々、男の子が欲しかった両親。
お姉ちゃんの自慢の妹でいるから、私はまだここにいれるから…。




でも、やっぱりこのまま逃げちゃダメだ。


反対されても、私はやっぱり晃貴と一緒にいたいから…。


私はベットから起き上がり、眠っているであろうお姉ちゃんの部屋の前に向かった。


もうきっと晃貴はうごきだしているはずだから。

私ばっかりじっとしてられないから。



お姉ちゃんの部屋の前でゆっくり、大きな深呼吸をした私は、コンコン────と、部屋をノックした。



ドキドキと心臓がなる。



「……はい」

寝ていると思っていたはずのお姉ちゃんの部屋から、声が聞こえて。バクバクと緊張のせいで上手く喋れなくて。



「あ、あ…たし、まき…」


自分でも聞こえないぐらい小さい声で呟くと、「…え?」と、お姉ちゃんの驚いたような声が聞こえて。


カチャっと、中から開いた扉。



「…真希?どうしたのこんな時間に」

「ご、ごめんなさい、起こしちゃって…」

「大丈夫だよ、さっき起きて、ちょっとウトウトしてたの」

「…そ、そうなんだ…、ごめんなさい、寝ようとしてたのに」

「それはいいけど、何かあったの?」


キョトンとするお姉ちゃんは、やっぱり寝起きなのに美人で…。


「は、話があるの……」

「話?」

「う、うん」


お姉ちゃんはキョトンという顔をしたけど、頭のいいお姉ちゃんはすぐに大事な話の内容だと分かってくれたようで、


「入って、真希」と、私を部屋の中に入れてくれた。


お姉ちゃんはベットに腰掛けると、「真希も座って」と、私を座らせてれて。


「どうしたの?何かあったの?」


鼓動が凄くて、何を話せばいいのか分からなくなる。
お姉ちゃんに嫌われたくない。
でも、晃貴が好きだから。
家族も好きだから。


「真希?」


黙り込む私の顔を覗き込むお姉ちゃん。


「何か相談とか?」

「……うん」

「言いづらいこと?」

「……」



寝起きだっていうのに、私の話を真剣に聞いてくれる優しいお姉ちゃん。


私と似てない…
血が繋がってないから、似てないのは当然だけど。


私はお姉ちゃん事を、ゆっくりと見つめた。


「あ、あのね…」

「うん、どうしたの?」


掌にかく汗が尋常じゃなくて、私はぎゅっと拳を握った。



「好きな人がいるの…」

「え?」

「多分、お姉ちゃんも知ってる人」

「私の知ってる…?え、ちょっと待って、それって真希の彼氏のこと?」


彼氏?
そうだけど、どうしてお姉ちゃんが知ってる…


ああ、そうか。
聖くんとお姉ちゃんに誤魔化すために嘘をついて、彼氏がいるからって言っちゃったんだ。

「ううん、この前言ってた彼氏っていうの嘘なの…」

「嘘?」

「ごめんなさい、嘘ついて…、本当はいなかったの」

「……そうだったの?」

「うん、ごめんなさい…」

「どうして謝るの?もしかして私に嘘をついてたこと、ずっと悩んでたの?」


それもあるけれど。
私が言いたいのは、もっともっと、お姉ちゃんがありえないって思うことだから。お姉ちゃんに嫌われたくないけれど…。



「ううん、違うの…、それもあるんだけど。私…、その好きな人と、さっき…付き合うことになって」

「そうなの?」

「その人が…、聖くんと仲が悪いの」

「────え?」

「ごめんなさい、でも、あたし、その人が好きで。ごめんなさい、ごめんなさいお姉ちゃん…っ!!」

「ちょ、ちょっと待って?聖と仲が悪いって…、え?」

「本当はダメって分かってるんだけど、でも、本当にその人が好きで…私が聖くん側って分かってるの。だけどっ…」


「ちょっと待って真希っ、意味がよく…、聖と仲悪いって誰のこと?」


ここで、晃貴の名前を出したら?
もう後戻りは出来なくなる。



「穂高だよ、穂高晃貴…。清光高校の…」


だけど、私は言葉を発していた。
きっとそれぐらい、晃貴の事を信用していたからかもしれない。


お姉ちゃんは晃貴の名前を聞くと、「え…?」と、顔色を変えた。

「穂高って…あの?」

恐る恐るという感じでお姉ちゃんは問いてくる。
やっぱりお姉ちゃんは知っている。
知っていて当然の男なんだから。


「うん、そうだよ」

「だって、穂高って…、真希を…」


お姉ちゃんの中では、合成写真を作って、喧嘩をふっかけてきた相手…って事になってるから。




「あのね、お姉ちゃん、聞いてくれる?」

「……」

「あたし…、晃貴に脅されてたの」

「────え?」



私はゆっくりと、お姉ちゃんに語り出した。



たまり場に拉致され、晃貴に写真を撮られたこと。

それから脅しが始まったこと。

お姉ちゃんにバレたくなかったこと。

バレたくなかった原因は、嫌われたくなかったから。

たくさん抱かれたこと。

泉という人に拉致られたこと。

晃貴に助けてもらったこと。

その事も、お姉ちゃんにバレないよう、良くんが聖くんまでも誤魔化してくれたこと。

もう関わりを持たないと思っていたけど、晃貴を好きになってしまったこと。

お姉ちゃんは最後まで、真剣に私の話を聞いてくれた。時々お姉ちゃんには珍しく怒った表情も見せたりして。


「私に知られたくないってどうして?」


晃貴の事を全て喋り終えた時、お姉ちゃんは小さな声で呟いた。

もう窓の外は明るかった。

今が何時か分からないけど、もう夜明けなのは確かで。


「お姉ちゃんに嫌われたら、捨てられるって思ってたの。施設にいた時、お姉ちゃんがいたから私、この家にこれたから。本当はお父さんもお母さんも、男の子が欲しかったって知ってるの。でもお姉ちゃんと仲良くなれた私が家族になっちゃったから。だからその分、期待に答えるようにお姉ちゃんに追いつくようにたくさん勉強したし、いい子になろうとした。…でも、できなかった。受験に失敗したし、その時にお父さん達が「やっぱりキョウダイじゃない」って言ってたのも知ってる。それ聞いて、見放されたって思ったの…。だから私はもうお姉ちゃんしかいなかった。お姉ちゃんに嫌われたら私…、家族の一員じゃなくなるから。だからお姉ちゃんに迷惑にならないように、黙ってたの…」


喋っていくうちに、どんどん文法とかが変な日本語になってしまっていた。

でも口を動かさないと、止まってしまっては、もう話すことができないって思ったから、必死に口を動かした。