私は地下の駐輪場から自転車を出して帰ろうとしていた。

スロープを上がって出口に向かう。



「有野さん!!」

出入口を出ようとしたら後ろから声がかかって、ブレーキをかけた。

「…三木くん」

振り返ると尚志が息を切らせて走ってきて。



もう、ここでは会わないと思っていた。

私の目が急に熱くなるのを感じる。



尚志は私に近付いて私の手から自転車を取り上げてスタンドを立てた。

そして私の手を取って、メモを1枚、私の手に握らせる。



「こんな別れ方はもう、嫌なんだ。
ここでこのまま別れたら、もう二度と会えない気がする」

尚志は真っすぐ、私を見つめる。

「そこに、電話番号が書いてあるから。
もし良かったら後ででも電話して」

私は溢れ出した涙を拭いて頷いた。

何度も頷く。

出入口なんで、人通りが多い。

色んな人がこちらを見ていくので尚志は少し困った表情を浮かべて

「休憩が終わるまでだけど、どこかでお茶でもしよっか」

そう言って尚志は私の手を握りしめた。





その手は温かくて。

私はずっとこの温もりを感じたかった。

10年前から、ずっと。

長い、遠回りだった気がする。

ようやく叶ったこの願い。

この手の温もりを一生、離してはいけない。

私は尚志の手を強く握り返した。