窓越しに見えるしんしんと降る雪が、冬の真っ只中であることを教えてくれる。
 小さいころからそうだが、高校生になっても雪は嬉しいものだ。雪が降るだけで、その日がいつもと違う特別な日になる。この感覚は昔から変わらないが、私が昔と変わったところは雪合戦をしたり、雪だるまを作れたりするほどに積もってほしいとは思わず、雪は見ているだけで十分ということだ。
「ふぅ~、おいしい」
 両親はもう仕事に行っていて、家の中は私一人だ。ダイニングで温かいコーヒーを飲みながら、バターとイチゴのジャムを塗った食パンを食べていく。普段と変わらない朝食だが、急いで食べなくていい朝食はとてもおいしい。学校のある日は時間を気にして――寝坊しているわけではないが、ゆっくり食べていられるほどの余裕はなく――食べているから、味なんか気にせず、義務的に平らげることだけを考えていたが、落ち着いて食べるとちゃんとおいしいものだ。
 まったりと朝食を食べ、汚れた食器たちを流しで洗い、歯を磨いたら、2階にある自分の部屋へと戻った。炬燵に入り、ノートパソコンを起動させる。いつも見ている動画サイトで好きなゲームの実況動画を適当に流していきながら、最近ずっと読んでいるシリーズものの推理小説を読み進めていく。冬休みが始まってから、午前中の過ごし方はこれと決まっている。高校生になって初めての冬休みだが、友達と遊ぶ予定も特にない。
 中学生のころ(と言っても1年前)は高校生になれば学校生活だけでなく、休みの日の過ごし方も変わったりするのかなと思っていたが、そんなことはなかった。今の私に友達と呼べるような人の中には、同じ中学で高校も同じところに通っている人もいるが、大半が高校で新しくできた友達だ。これだけ人間関係が変われば、私生活も変わりそうなものだが、よく考えれば中学のときと同様に自分と仲良くなれそうな人と友達になったのだから、大きく変わるはずがない。
 クラスの人気者やそのグループの人たちは、ドラマや映画で観るようなザ・高校生って感じの冬休みを過ごしているのだろう。私はそういう人たちとは無縁な地味な人間だ。見た目もそうだが、友達も多くはない。いつもよくしゃべっている仲のいい友達と選択授業で別の教室になるときの休み時間なんかは本を読んで時間をつぶしているようなタイプだ。クラスの人気者たちなら、一人でいることに耐えられず、そこまで親しくない人でもいいからとりあえず誰かに話しかけてみるのだろうが、私は一人でいる自分を惨めに思ったことはない。生まれ持った性格の問題なのだろうが、周りが集団でおしゃべりしているときに一人でいるということが、何をそんなに不安がることがあるのか理解できない。それに、心の通じ合う友達とは近くにいなくても、いつでも一緒にいるという感覚が私にはある。私の性格や感覚が世間とずれていることはわかっているから、他人からは寂しそうにしている人と思われていることもわかっている。一般人の感覚では、見かけの人数が大事なのだ。全部わかった上で、私は不思議と惨めに思わない。
 そういう私だから友達は少ないし、好きな人はいないわけではないが、彼氏はいない。でも、今の状況に満足している。誰かに憧れられるようなきらきらした高校生活を送られているわけではないが、私はこれで十分楽しめている。
 キリのいいところまで小説を読み、栞を挟んで、面白そうな動画はないかとマウスを動かした。パソコンの画面端に映る日付は12月25日を表示している。今日はクリスマスだ。
 今年もサンタさんはこなかった。小学生までは毎年プレゼントをもらっていたが、中学生になってからはもらっていない。小学6年生の最後のプレゼントをもらったときにお母さんから、来年からサンタさんは来ないと伝えられた。理由を訊いてみると、サンタさんはもうプレゼントはくれないが、お星さまになって空高くから見守ってくれているとのことだ。わざわざそんな設定を作らなくてもいいと思うが、サンタさんをお星さまにしないと来年のプレゼントを期待されると考えたのだろう。
「暇だな」
 冬休みに入ってから、毎日同じような生活を続けている。これといって予定がないから、こうなってしまっているのだが、いつかは何かをやろうと漠然と思っている。ずっと平穏な日々を過ごすのも悪くはないが、振り返ったときに何かをしておけばよかったと後悔しそうな気がするからだ。
「クリスマスか、外に出てみるかな~」
 何も用事はないが、出かければ自然と見つかるだろう。
「昼からでいいや。そんな焦ってやることでもないし」
 のんびりとした予定を立て、ふわりとあくびをした。涙の少したまった目をこすって、パソコンでBGM代わりに流す動画を選び、今度は最近買った恋愛小説を手にした。

 電車は嫌いな乗り物だ。駅から駅へ人を運ぶという、義務的なことを淡々とやる冷たい乗り物という印象がある。人間も電車に乗ると冷たくなる。駅にいる間は自由に歩き回っているのに、電車に乗るとおとなしくじっとしている。電車は静かに乗るものだから仕方ないが、じっと静かにしているだけで、人間の持つ人間らしさがなくなる。冷たい乗り物に人間らしくない人間が乗っているのだから、こんなのを好きになれるわけがない。他の移動手段がないから、私は乗っているのだ。
 昼食のカップラーメンを済ませた後、すぐに家を出て電車に乗ったのだが、目的の駅に近づくにつれて徐々に人が増えてきている。冬休みということもあって、子供連れの家族が何組も見かけられる。子供の妙に通る高い声が耳に入ってき、元気だなぁとそれだけ思う。いつもマナーの悪い学生やサラリーマンでうるさい電車だから、いつもと変わらないうるささだ。どちらも同じようにうるさいのだが、小さい子供の声は同年代や年上の人たちと違って、不快には思わない。ある意味下に見て、期待していないのだ。
 電車に揺られて、ケータイをいじり、時間をつぶす。早くついて欲しいというより、早くここから降りたいという気持ちが強い。嫌いな乗り物ということもあるが、15分も乗ったらもう退屈だ。一人でいる以上、ケータイをいじる以外に何もできない。こういうときに一緒にいればと想像する人は、普段よくしゃべる友達ではなく、ほとんど話したこともない好きな人だ。実際に隣にいたら、緊張して上手に話せるかわからないが、頭の中の私たちは笑顔で楽しそうに会話をしている。理想の相手に見合う理想の自分を想像するのが、私の恋愛での癖らしい。
 ふぅ~っと大きく息を吐いて、余計な妄想のせいで落ち着かなくなった心臓を落ち着かせる。知らぬ間に熱くなっていた顔も少し涼しくなった気がする。
 恋愛は苦手だ。何をするにも恥ずかしさが勝ってしまい、奥手になってしまう。性格の問題かもしれないが、世の中にいる普通の人が普通にやっている恋愛を私はできる気がしない。高校生にもなれば、それくらいのことは勝手にできるようになると思っていたが、どうやら自分で経験しない限りは何も成長できないようだ。自分の恋愛について考えるたびに、このまま何も経験しないまま、大人になってしまうのではないかという不安が襲ってくるが、いくら不安になっても恋愛に臆病で恥ずかしがりな性格の私は何もすることができない。だから、私はいつか王子様がさらってくれると信じて待っている。

 昼食のカップラーメンを食べているときに、どうせなら映画でも観ようかと思い、映画館のあるショッピングモールを選んだのだ。映画は観たいものがあるわけではないから、適当にチケットの残っているものを観るつもりだ。
 服を見たり、本を見たり、ゲームを見たりとウィンドウショッピングを楽しんでから、ようやく映画館に来た。平日だが、クリスマスということもあって人が多い。チケット売り場の行列に並び、モニターに映る映画のタイトルを上から順番に見ていく。私が疎いだけだが、知らない映画ばかりだ。とりあえず、入ってすぐのところの壁に貼ってあった大きなポスターの映画――少女漫画が原作になっている、女子高生が主役の恋愛ストーリー――、あれにしよう。時間的にもあと20分で始まるみたいだし、売り切れていたら、別の何かでいいや。
 順番が回ってきて、チケット売り場の機械の画面にタッチした。都合よく人気のなさそうな後ろの方の端の席がいくつか空いている。観にくそうだが、別にいいだろう。空いていただけラッキーだ。
 なくさないようにチケットを財布にしまい、今度はポップコーンの行列――どんどん人が進んでいく――に並ぶ。何の映画を見るのか決めていなかったが、こっちは来る前から決めていた。
「キャラメル味のポップコーンとオレンジジュースください」
 注文するとすぐに受付のお姉さんがささっと用意してくれた。お金を渡してお釣りを受け取り、
「ありがとうございます」
 とお礼を言って、準備万端の私は近くのベンチに座った。周りには同じようにポップコーンと飲み物を持った人たちがいる。
 しばらくすると、私の観る予定の映画が入場してもいい時間になったことを伝えるアナウンスが聞こえてきた。よし、と私は誰にも聞こえないくらい小さくつぶやき、腰を上げた。

 エンドロールまでしっかり見ると、明かりがつけられ、映画館の中が明るくなった。突然観ようと決めた映画だったが、話は面白かったし、ポップコーンもおいしかったし、満足だ。喫茶店でコーヒーでも飲んで、今日は帰ることにしよう。
「南さん?」
 映画館を出ると、誰かに声を掛けられ、後ろを振り向いた。
「やっぱり、南さんだよね」
 同じクラスの佐藤君だ。自分からは声をかけることもできなかった人が今、目の前にいる。
「どうして佐藤君がいるの?」
「たまたま僕も映画を観に来ていたんだよ。終わったときに気づいたんだけど、実は南さんの1個後ろの席だったんだ」
「へぇ~、そうだったんだ。というか、一人で観に来たの?」
「そうだよ」
「佐藤君が一人でいるのって、珍しいね」
 学校では佐藤君はいつも誰かと一緒に楽しそうにお話ししている印象があるから、一人で遊びに出かけるなんてイメージしにくい。
「まぁ、クリスマスだからねぇ~。友達は彼女とデートに行っている奴がいたり、カラオケでバカ騒ぎしている奴がいたり、みんな用事があるんだよ」
「カラオケいけばよかったんじゃないの?」
「断ったよ。曲を聴くのは好きなんだけど、自分で歌うのは好きじゃないんだよね。なんか恥ずかしいじゃん、歌うのって」
 と照れ笑いを浮かべる佐藤君。
「あはは、ちょっとわかるかも」
「付き合い悪いなって言われちゃったけど、行かなくて正解だったよ」
 どういうことかな、と黙って佐藤君の目を見つめた。
「よかったら、喫茶店でも行って映画の話でもしない?」
「えっ、え~と……」
 せっかくの誘いを断る理由もないのだが、自分はちゃんと振る舞えるのだろうかという恐怖心が足かせとなり、1歩踏み込もうとするのを阻んでくる。
「行くよ」
 迷っていると、ぱっと手を握られた。ゆっくりと歩き始める佐藤君に引っ張られるようにして、固まっていた私の足が自然に前に進んでいく。
「サンタさんがプレゼントしてくれた出会いを大事にしないとね」
 あまりに真っすぐな言葉に私は微笑み、手をぎゅっと握り返した。