学園怪談

教室内では放課後の夕日に照らされて、詩織さんが優雅に『乙女の祈り』を弾いていた。
 彼は音楽室に入ると、詩織さんの側のイスに黙って腰掛けて目を閉じて聴いていた。
 沙織さんが笑顔で譜面をめくって手助けしてくれる。
 詩織さんはにこやかな笑顔で応えて、手をクロスさせて後半部分を弾きこなしていく。
 ……やがて、曲も終盤にさしかかって鍵盤が勢いよく弾かれていき、上り詰めるような演奏に変わっていく。詩織さんは彼に曲を通して想いを伝えるかのように必死だった。
 彼も全てを受け取り、一つも聞き逃すまいとするかのように目を閉じて耳に全神経を集中させる。
 ……でも……曲が最後まで演奏されることはなかった。
 バターン! ジャアアアン!
「きゃあああああ!」
 クライマックスを迎えたところで勢いよくピアノの鍵盤のフタが閉じられ、華麗な和音は一瞬にして不協和音へと変わった……。
「な、だ、大丈夫か!」
 目を開けた彼が見たものは、鍵盤に左右10本の指を挟まれたままイスから落ちかけている詩織さんと、鍵盤のフタをも懸命に押さえつける般若のような顔をした……沙織さんだった。
「姉さんが悪いの! 全部、全部姉さんが悪いの!」
 鍵盤のフタを放すことなく、沙織さんは詩織さんに向かって絶叫していたそうなの……。
 ……すぐに救急車で運ばれた詩織さんは指の治療を受けたけど、複雑骨折をした何本かの指は治ってもピアノは弾けず、必要最低限のことしか出来なくなってしまった。
 
 ……紫乃さんの話に、私は自分の指が訳もなくジンジンと痛むような感覚を覚えた。
「この話には続きがあってね。妹の沙織さんもその後救急車で病院に運ばれてきたそうなの。彼女は自分から指を何度もピアノのフタで打ちつけて、詩織さん以上に重傷を作ってきた。中にはもう切断をしなければならないほどグチャグチャな指もあった。そして……『私の指を姉さんにあげて……』って言ったそうなの」
 もう私は無意識に指を守るかのように拳を作っていた。
「なんで、彼女はそんなことを?」
 私の問いかけに紫乃さんはキチンと答えてくれた。