それにしても、暑い。
 高山のふもとに広がる古城市と違って、七月下旬の東京は既に猛烈な暑さだった。湿度も高く、日陰を歩いていても汗が出てくる。
 だが、この不快な感覚ももう毎日のことではなく旅先での非日常なのだと思えば、懐かしく思えた。

 東京にいたころは、何もかもがうまく行かなかった。

 大学に入ってからできた初めての彼女は、ひと月もしないうちに『全然大事にしてくれない』『透の気持ちがわからない』と泣いて去っていった。卒業直前に告白されて、付き合いはじめた二番目の恋人にも思っていたかんじと違うと言われ、すぐに別れた。
 今思えば、彼女達は透の心の奥底に空洞があることを本能的に気づいていたのだろう。失われた記憶の中の少女を忘れられないような男は、恋人として失格だ。

「あ、あれじゃない? あの看板、見て。……トオル、どうしたの?」
「ん、いや、なんでもないよ」

 ホタルが首を傾げて、透を見上げる。表情は薄いけれど、心配してくれているのだということが伝わってきた。
 自分は、昨日会ったばかりのこの少女にも見抜かれるくらい暗い顔をしていたのか。透はほろ苦く笑った。