嘘は溺愛のはじまり


そんな私と伊吹さんのちょっと特殊な関係を知らない奥瀬くんは、「そもそもあの歳であのポジションにいるのに独身とか、怪しさしかないだろ」と呟いている。

はたから見れば、あんなに格好良くて、御曹司で、会社役員で、32歳なのに結婚してないとか、不思議に思えるのかも知れない。

でも実際は、伊吹さんにお相手がいないわけじゃないから……。


何か理由があって、あの花屋の女性とはすぐには結婚できないんだと思う。

だから、伊吹さんは別に怪しくなんかない。

むしろ、完璧すぎるぐらいだ。


注文したメニューは、こんな微妙な話をしながらも私と奥瀬くんの胃袋の中にほとんど収まった。

と言っても私はもともと食が細い方なので、食べていたのはほとんど奥瀬くんだったけど。

久しぶりに飲んだビールはまだ半分ぐらい残っていて、でもこれ以上飲んだら歩いて帰れなくなりそうだから途中から飲むのをやめた。


「そろそろ出るか」


奥瀬くんの言葉に頷いて、奥瀬くんに続くように席を立つ。

奥瀬くんが会計を終えて店を出た後、お財布からさっき店員が告げた金額の半分を差し出した。


「は?」

「私の分。計算、間違ってないといいんだけど」

「いらない」

「でも、」

「そもそも若月、ほとんど食べてなかったじゃん。それに、話があって誘ったのは俺の方だから」

「え、でもっ、」

「いいから。それより、家まで送る」

「大丈夫、ひとりで帰れるから」

「若月に何かあったら、専務に殺される気がする」

「専務はそんなこと、しないってば」