一緒に暮らし始めて、偽の恋人となって確かに私たちの距離は少し近づいたけど、今までこんな風に触れられることは一度もなくて、この不意打ちに私の心臓がドキリと音を立てた。
「どうしたの?」
「……えっ?」
「泣いた跡がある……」
「あ、えっと、」
「何か、あった?」
伊吹さんが帰ってきたことが嬉しくて一瞬忘れてたけど、そう言えば私の目、腫れてるんだった。
「ない、です」
嘘を答える私に、伊吹さんの瞳が困ったように揺れる。
「あの、ちょっと、スマホで映画を見ていて」
「……映画?」
「はい。すごく切ないストーリーだったから、泣いてしまって」
どうしても目元の腫れを隠せないから、お風呂で泣きながら考え出した、嘘の言い訳。
伊吹さんは私の嘘を信じたのか、「そう、それならいいけど……」と言った後、頬を捉えていた伊吹さんの手が不意に離れて。
そして、その手が私の髪を一束掬った。
「……髪、まだ少し濡れてる。風邪ひくよ? おいで」
伊吹さんは髪から手を離し、今度は私の手を取りそのまま洗面室へと歩いて行く。
ドライヤーを手に取った伊吹さんが、私の髪を丁寧に乾かし始めた。



