嘘は溺愛のはじまり


少し考え込んでしまったところで、マスターがまたコーヒーの準備を始めたことに気付いた。

マスターが入ってきたお客様に声を掛けた様子はなかったので、もしかして……。

そう思い、私は窓際へと視線を動かす。

と、そこにはやはり、昨日のあの男性が席に着くところだった――。


それまで静かに動いていた心臓が、見る間に大きく鼓動し始める。

息苦しいと感じるほどに……。

私は思わず、小さく息を吐き出した。


――どうしよう。

やっぱり私、あの人のことを、好きになってしまったんだ……。



彼は、ぱっと見ただけでもとても端正で綺麗な顔立ちをしていることが分かる。

何も注文を受けていないのにマスターがコーヒーを淹れると言うことは、かなりの常連か、もしくは知り合いと言うことなんだろう。

窓際の席で外を眺めながらコーヒーカップを傾けている。

ひとつひとつの仕草がとても優雅で、優しくて、穏やかな雰囲気だ。

見るからに高級そうで仕立ての良いスーツを身に纏うその男性は、思わずチラチラと見てしまう私に一切気付くことなく、窓の外をじっと眺めていた。


……彼は、何を見ているのだろう?